第14話

 「この世の中、いろいろあるんですよ。」

 そういう城之澤の言葉に、静流は背中がぞくり、としたのを感じた。

 いろいろあるけど、こっちに足を踏み込むかい?

 そんな風に言われている、そんな気がしたのは、気のせいなのかそれとも・・・


 「まぁまぁ、そんなに真面目に考えんでもいいって。まずは、内見会と行こうじゃないか。しぃも気付いたと思うけど、ここのつくりは、ほとんどおまえの自宅と同じなんだろう?」

 静流の肩に腕をまわし、肩を組むような体勢でだらりと体重を預けた丹川が言った。

 雰囲気に当てられそうになっていてた静流の正気を、あっという間に呼び戻すには悪くないが、丹川の距離の近さは、あまり人と親しく接するたちでない静流には、困惑を与えた。


 「なぁなぁ、全部見てみようぜ。」

 「まったくお前は・・・。分かりました。静流君、とりあえず、全部見て回ってください。ここを引き継ぐかどうかは、ゆっくりと決めてもらえば良いので。」

 「う、うん。」



 この家が、曾祖母の持ち物だった、というのは、なんとなく分かる気がした。

 建物の中身が家とそっくり、というだけではなく、なんとなく祖母の手を加えた感じがする。

 人が来たときにまず上がってもらう、この正面の和室。

 家の方には、座敷用の1枚板の机が真ん中にあって、押し入れを避けるように、壁の部分にはテレビが置いてあるが、ここの家は、なんの家具もない。壁に掛けられた古ぼけた振り子時計も、この家にはなかった。


 だが、左手の和室。

 2間続きの和室は襖で隔てることが出来るが、基本いつも開けっぱだ。

 人の集まりが多いときには、2間を使って大きな部屋とする。

 町内会の会合に貸したりしていたが、葬式に重宝するためだ、とばぁちゃんから聞いた。

 実際じぃちゃんが死んだ時と、ばぁちゃんが死んだ時にはそういう使い方をしていて、そもそもこの部屋には、立派な仏壇が設置されているんだ。

 そして・・・・

 ここの家にも、うちと同じ仏壇が鎮座していた。

 いろいろの物の配置にばぁちゃんを感じる。

 ただし、こっちには写真の1枚もないが。

 家の仏壇には、曾祖父母の写真が飾られているんだ。


 ちなみに家では玄関正面の和室を客間、左手の部屋を仏間、そして12畳の和室のことをそのまんま12畳の和室、と呼んでいたっけ。

 一人になった今は、そんな風に呼ぶこともなくなったけど。


 ちなみに12畳の和室は、客が泊まりに来たときにまず使ってもらうためのものらしい。使われたのを見たことは、結局なかったけど。


 12畳の和室の奥の"下の納戸"には、普段使いしない食器や道具が整然と納められている。正月用のおせちの入れ物とか、餅つき用の臼と杵、大人数用の大皿や大鍋、クリスマスツリーに、雛人形や五月人形、こいのぼり。

 なつかしい季節の道具が、納戸には収められているんだけど、ここの家はどうなんだろうか。

 静流は、自分の家よりもなお物の少ない1階を見ながらそう思う。

 うちでは、1階は共用スペースで、個人の持ち物を放置すると叱られたものだった。

 共有物でも、今使わない物はばぁちゃんはマメに納戸にしまっていた。

 整然としていたけど、あの納戸だけが物が溢れていて、小さい頃は秘密基地っぽくて好きだったな。そんな風に納戸の扉の前で思いを馳せる。


 この家の納戸にも、ばぁちゃんが整理していたように物が溢れているのだろうか。

 それとも、ここも空っぽか?

 静流はちょっとドキドキしながら、納戸の引き戸を引いた。



 「何コレ。」

 静流の、まずの感想は、それだった。

 中を見て、固まってしまった静流の背後から2つの頭がのぞき込む。

 ヒューッ。

 口笛は丹川のものか。

 「これはこれは・・・」

 そうつぶやくのは城之澤。

 「えっと、ここは家とは違う、かな?」

 振り返りつつ言う静流に「そうでしょうね。」と城之澤が前を向いたままつぶやいた。


 二人が、しばらく感心するように中をのぞき込む様子を見て、静流は思案した。

 二人はのぞき込むが、静流より前に出ようとはせず、また、そこにある物に手を伸ばしさえしなかった。

 興味津々な様子で目を皿のようにしているのに、手を出さないのは、これが許可なく触れてはならない物だと態度で示しているのだろうか。



 この納戸の中身は家と同じように溢れていて、でも家にあるような物は一切なかった。

 いやそういうのも語弊があるか。

 食器類、と思われる物は散見された。

 だが、それらは家のと違い、なんというか、神社とかそんなところで見るような、真っ白か、金や銀といった、そんなものがほとんどで、真ん中には指輪と同じマークが描かれている。

 何に使うのかよく分からない、仏壇の前にお供え物を置く台に似た、そんな台座もあり、円座のような座布団やら、あとはしめ縄みたいなものとか、紙垂だとか。

 それに開けた瞬間に感じた匂いは墨の匂いだったと思う。習字に使う墨汁の独特の香り。それが木や紙の匂いに混じって、漂ってきた。


 この納戸、家の納戸、というよりは、神社の倉庫だ、静流はそう思った。

 ほとんどの品に、指輪と同じマークが描かれているのが、へんな迫力を醸し出しているが、置いてある食器や道具類が、神社に詳しい訳じゃないけど、なんとなく神社の倉庫に置いてそうな物に感じた。


 ばぁちゃんは、神社でもやってたのか?

 確かに神社の神主さんも寺の住職も、曾祖父母の古い友人とかで、しょっちゅう油を売りに我が家に来てたけれども・・・・



 「これ、何?」

 静流は、しばらく納戸の中を見渡して、興味津々の二人に聞いた。

 その様子から、これが何かは知っていそうだ。

 「儀式や祭に使う道具だな。まぁ、貴重品ではあるが禁出品、というものはなさそうか。」

 丹川が言う。

 「そうですね。紛失しても金銭でなんとかなる品ばかり、というところでしょうか。さすがに質はどれも良さそうですが。」

 「だな。」

 二人が納得したように言う。が、静流には何のことだか分からずに、イラッとした。

 「あの!」

 「ああ悪い悪い。なんつーか、おまえのひいばぁちゃんの持ち物で、相続したらお前の物になる、ある主のイベントで使う道具、って思ってれば良い。」

 「なんか、神社の倉庫みたいなんだけど。」

 「ある意味、近い物ですね。まぁ、古くからの祭り、と今は思っていてください。」

 「そんな顔するなって。しぃがこれを継ぐって決めたら丁寧に教えてやるよ。だが継がない可能性があって、しぃが分からないのなら、分からない方が良い。」

 「なんだよ、それ。」

 「この世の中、いろいろあるんですよ。」

 城之澤がさっき言っていた言葉を再び言った。



 つまりは、その「いろいろ」というのは、知らないなら知らない方が良いってことか?

 まるで自分は特別な世界にいます、なんて言っているようで、静流はさらにイライラを募らせる。ガキはお呼びでないってか?


 そんな静流に丹川が顔を曇らせて言った。

 「あのな、しぃ。覚悟もなしに中途半端に知っていいことじゃない。一つ間違えば親と同じ道をたどるぞ。」

 「え?」

 「はっきり言おう。お前の両親や祖父母の事故。あれは単なる事故じゃない。」

 「おい、コー!」

 城之澤が、そんな丹川の胸ぐらを掴んで遮った。


 その手首を丹川は掴み、ゆっくりと離させる。


 「なぁ満。どっちにしろちゃんと分かってなきゃまともに選べねぇだろ?こいつはまだまだガキだが、俺がこの世界に足を突っ込んだ時はもっとガキだった。自分の知らないところで、色々決められるのは、ガキだからって我慢ならないもんなんだぜ。俺はあのとき、お前がちゃんと話してくれてよかったと思ってる。自分で自分の道をちゃんと選べて、感謝してるんだ。」

 「だが、カエデ様は静流君に何も伝えてない。それが彼女の答えだろう。」

 「そうじゃない。だったらなんでこいつに指輪を託した?そっちが答えだ!」

 そう言うと二人は互いに引かず睨み合う。



 そんな二人に静流は、両親達の事故、という衝撃の話すら吹っ飛んで、おろおろしてしまった。

 ただ、この言い合いには、自分のことが関係している。二人ともに真剣に自分のことを考えてくれているのだ、と、なんとなく分かり、気がつくと、目から熱い物がこぼれ落ちていた。



 曾祖母が死んで、もう一人だ、と、気を張って生きてきたと思う。

 周りではみんな気を使って、一人になった自分に同情の言葉を寄せてくれていたし、協力を申し出てくれた。

 だけど、それはあくまで同情で、人に対してなんとなく線を引いてしまう自分にとって、その場限りの社交辞令だ、という意識が抜けなかった。

 もう自分には、自分のことを真剣に考え、守ってくれる人はいない、道を示してくれる人はいない、そう達観していたのに、どうやら目の前で真剣に自分のことを考えてくれて争ってくれている人達を見て、無意識に涙を流していたらしい。


 静流の涙に気付いた二人は、二人して焦った顔を見せた。

 なんだか、こんな慌てた顔を見るのは出会ってから初めてだ、そう思うと、静流はおかしくなって、思わず声を立てて笑ってしまう。

 「おい、大丈夫か?」

 「静流君、大丈夫ですか?」

 涙を流しながら、お腹を抱えて笑う静流に、さらにオロオロする二人。


 存分に笑い終わって、涙が笑いのせいに替わったあと。

 こんなに笑ったのはいつぶりだろう、と、頭を傾げる。


 「おい、しぃ?」

 「あ、ごめんなさい。その・・・・なんていうか・・・なんでもないです。ただ、二人が真剣に考えてくれてるのは分かったから・・・」

 「いや、そんなあらたまられてもだなぁ。」

 「別に私たちは、仕事ですし。」

 「あは。それでも、です。ありがとうございます。城之澤さん、丹川さん。」

 静流は、二人に向かって深々と頭を下げる。

 二人が困惑しているのも心地良い。


 「高尚こうしょうだ。」

 「え?」

 「俺の名は丹川高尚。丹川さんとか気持ち悪いぜ。高尚か、コーでいい。」

 「あ・・・・はい。」

 「じゃあ私は満です。」

 「満さん?」

 「はい。"みっちゃん"はキオ以外に認めません。」

 そういえばみっちゃんと呼ばれていたっけ?

 「わかりました。では満さんとコーさん?あの・・・よろしくお願いします。」

 「まぁ、それでいっか。」

 「はい。立派にお世話させていただきます。」


 3人はあらためて、お互いの顔を、目を、しっかりと合わせたのだった。

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