第12話

 「えっと、これは・・・?」

 不思議な光景に、戸惑う静流は、譫言うわごとのように質問を口にした。


 怪しい二人組に連れられ踏み込んだ洞窟で、謎のマークが描かれた指輪に、自分の血を垂らすと、よくわからない標のような光が放たれた。

 こんなばかばかしい話をしたら、どんな妄想癖かと、鼻で笑われるのがオチだろう、と、静流は思う。

 しかし、今、自分はそんな事態に遭遇していて、目の前で指輪から光が出ているんだ。常識人だと自認していた静流にとって、これをどう受け止めるのか、頭が働かなくなっていたとしても、責めることは出来ないだろう。


 だが・・・・


 「ん。これも間違いないな。」

 そう何でもない風にすぐ側で告げる柄の悪い青年と、「ああ。」とそれに同意しながら、歩き出そうとする長身の男には、それが不思議な現象だと感じもしていないことは明らかだ。

 「じゃあ行こうか。」

 そんな風に言うと、城之澤は、無造作に光の示す穴へと向かって歩き出した。


 「ちょっと、待って。」

 思わず静流は引き留める。

 「なんだよ、しぃ。おまえ、往生際がわるいな。」

 「そんな・・・、あの、説明!せめてこれがなんなのか説明してよ。」

 静流は必死の形相で言った。

 流されるているのはわかるけど、これ以上訳の分からないまま進みたくはなかった。

 そんな必死の形相の静流を見て、二人か顔を合わせ、肩をすくめた。

 城之澤が口を開く。


 「まず静流君の目的ですが、君が受け継ぐべきものを確認するべく、ここを訪れた、で合ってますね?」

 「え?受け継ぐべきものって・・・・」

 「だって、おばあさまが亡くなって、弁護士に遺産相続について相談に来た、そうでしょう?」

 それは間違いない。

 静流は頷く。

 だから、それだけの、相談だけのつもりなのに、なんでこんな山奥の洞窟にいるのかが問題なんだ。


 「あなたのおばあさまは、その指輪とキオの居場所を君に残した。そうですね。」

 静流は再び頷く。

 「キオはそのことの意味を知っていました。つまり、あなたのおばあさんが、まぁ実際はひいおばあさんでしょうが、舞財カエデという人間が、キオに何を託したか、ということを分かっていた、と言い換えてもいい。キオはカエデの願いを叶え、君にその相続人としての覚悟を問うため、その指輪の導くままに君をいざなうことにした。」

 「相続人としての覚悟?」

 「はい。その指輪は人を選びます。その指輪が認めた者が、この先の遺産を継ぐ者だと言い換えてもいい。」

 「・・・どういう意味?」

 「言葉どおりです。その遺産は、とてつもなく大きく、俺なら受け取らないでしょう。」

 「え?なんで?」

 「俺の手に負えないからですよ。コーならどうだ?」

 「俺もいらん。」

 「え、え?」

 「俺はいらんが、しぃ。お前が受け取るなら、協力はするさ。なんせキオがそれでいいと送り出したんだからな。」

 「・・・・意味、分かんない。」

 「まぁ、今は分からなくて良いです。さて、行きましょうか。キオが言うようにその指輪は鍵。遺産の持ち主を選別する鍵です。」

 「この光は?」

 「指輪が静流君を持ち主として認めた証ですよ。君の血に反応して、道を示しているんです。」

 「血、て、魔法の道具かよ。」

 「なんだ、しぃ。お前魔法とか信じんのかよ?」

 「いや、別に信じてるわけじゃないけど・・・」

 「フフフ。あるかもしれないよ。」

 「じゃあ、これって・・・」

 「魔法、呪術、そんなものを信じるんだな、お前。」

 「し、信じないってば。」

 「なんで信じない?」

 「だって、非科学的だし・・・」

 「フッ。なんだよ非科学的って。」

 「だって魔法とかあり得ないでしょ?」

 「そうでしょうか?何をもって魔法とするか、が問題じゃないですか?定義があって、その定義するものであるかないか、学問とはそういうものです。たとえば、頭で考えるだけで言葉を伝えられたらどうします?」

 「テレパシー?」

 「それは非科学的、ですか?」

 「えっと・・・たぶん、うん。」

 「考える、というのは脳の仕事です。そして、それはニューロンとよばれる細胞が電気信号を出して伝えるものです。これは非科学的ですか?」

 「いや、それは科学的だと思う。」

 「今、パソコンとその脳波を繋ぎ、言葉を失った人が画面を通じて会話をする技術が完成されつつあります。」

 「えっと・・・」

 「先ほど君が言ったテレパシーと、何が違いますか?」

 静流は頭がこんがらがってしまった。

 だとしたら、テレパシーだって方法によっては科学的にできる、というのか?


 「フン。しぃの持ってるその指輪、科学的風に言うとだな、DNAによる親族認証で、あるシステムのロックをする道具って言える。血を垂らしたのはそのDNA解析のためだ。」

 横から丹川もそんな風に言う。

 そんな風に言われたら、呪術的なものか、なんて、ちょっとでも心の中で思った自分が恥ずかしくなった。


 「だったら、これは呪術とか、そんなんじゃないんだね。」

 ちょっと怖かったから、科学的根拠を聞くことができて、静流は少し安心した。

 「そうでもないぞ。そもそも呪術とか魔法は科学の元だ。だいたいなぁ、錬金術って分かるか?非金属から黄金を生み出そうとした怪しげな術ってイメージだが、結局その研究の過程で元素にたどり着いた。西洋でも東洋でも科学なんてのははじめは魔法や呪術とイコールだったんだ。」

 「え?」

 「こんなのは正史でも常識だろ?」

 ・・・・

 そうなのだろうか?

 知識が中学校で習うレベルの静流にとって、それを肯定も否定もできる能力はないのだけれど・・・


 少し悩んで足を止めた静流の頬をグリグリと指で回すと、丹川は笑いながら言った。

 「まぁ、科学だろうが呪術だろうがどっちでもいいさ。これはお前の血に反応して道を示す、そんな道具だ。それだけ分かれば問題ない。さ、行くぜ。」

 静流を置いて城之澤の後を追った丹川に、置いて行かれては大変だ、と、静流は慌てて、その後を追った。

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