第11話

 昼を過ぎたばかり、とはいえ、深い山の中。

 洞窟の入り口ですら、ほとんど真っ暗で、鉄格子とはいえ、扉が閉ざされると、その暗さは一層増した。

 後ろを振り返った静流は肩を抱かれるように、強引に歩を進めさせられる。


 「ちょっと!」

 さすがの静流も、異議を唱える。怖い、なんて言ってられない。いったいどこへ連れて行こうというのか。

 「黙って歩け。」

 そう言いながら、強引に身体を押す丹川は、どう考えても絶賛拉致中のチンピラだ。

 思わずビクつくも、逃げなきゃ危険だ、と、抱かれている肩をイヤイヤするように、左右に振る。

 「ああもうっ。」

 それに、イライラしたような声を出し、さらに強く肩を抱く丹川に、恐怖が増す。力を込められたことで、イヤイヤと身体を左右に振ることすら出来ない。

 細い、と思っていたけど、触れる胸板は筋肉を纏っていて、中学でクラブ活動すらしてこなかった自分では、絶対勝ち目がないのを思い知った。


 「コー、あんまり乱暴はしないように。静流君も暴れないで。ああ、そうか。暗いからね。怖いよね。」

 クックッ、と喉の奥で笑うあんたも十分怖いんだが、そう思いつつ、前を行く長身の男を見上げる。


 城之澤はスーツの胸ポケットから、なにやら卓球のボールサイズの石、のようなものを取りだした。

 良く聞こえないけど、それを手のひらに乗せて、それに向かって歌うように旋律に乗せて何事かつぶやく。

 すると、ボーっと淡い光が、その石からにじみ出るように溢れだし、あたりを照らし始めた。

 大して強い光ではないのに、天井から足下まで、その石の玉を中心に半径2メートルほどが球状の光で覆われ、はっきりと周りが見えるようになる。


 「何?」

 「明かり用の特殊な道具だよ。」

 「えっと、LEDの電球?」

 「違うが、まぁ似たようなもんさ。これで暗くないから怖くないな?」

 「え?いやそういうことじゃなくて。」

 「なんだよ、明かりがあってもまだ不満か?」

 「そうじゃなくて!」

 「フフフ、静流君は、なんでこんな洞窟に連れてこられたのか、不思議なんだよね。」

 「まぁ・・・」

 「はぁ?キオがここに連れて行け、っつったんだろうが。」

 「え?そうなの?」

 「はぁ。おまえ、なんて聞いてたんだ?」

 「あの・・・指輪が金庫の鍵になってて、僕があけなきゃ行けないから、行ってこい、と・・・」

 「それだけ?」

 「はい、それだけです。」

 「で、その指輪については何も知らないんだな?」

 「はい。」

 「飯家も知らない。平家も知らない。カタカムナも分からない。一体どうなってるんだ?」

 「まぁ落ち着け、コー。静流君は、あのカエデさんのひ孫なんだが、どうやら何一つ教えられずに育ったようだ。」

 「なんでだよ?」

 「彼が産まれてすぐ、その両親と祖父母が死んだ。あの、舞財馨と鳥居天満が亡くなった件はさすがに知ってるだろう?」

 「ああ。って、そういうことか。」

 「ああ。静流君はあの舞財馨と鳥居天満の孫、だ。」


 訳知り顔で頷き合う二人に、静流は眉をしかめた。

 確かに両親と一緒に亡くなった祖父母がそんな名前だったと思う。ばぁちゃんの娘が、その舞財馨って人で、僕から言うと祖母になるのか。

 だからなんなのか?

 静流には、二人の会話がさっぱり理解出来なかった。


 「あの!」

 「ん?ああごめんごめん。自分の知らない自分のことを、目の前で話されると、気分がよくないよね。ただ、ちょっと待って。話してあげたいけど、今はかえって混乱すると思う。まずは、段階を踏んで、やることをやろうか?」

 諭すように、城之澤が言う。


 こんな会話の間も、二人と、彼らに押されるように歩く静流たち三人の前進は止まらなかった。



 しばらく歩いて、今までとは違い、かなり広くなっている場所に到達する。

 倉庫替わりにでも使っているのか、小さな木製の小屋まで建っていた。


 その広場には、静流達がやってきた洞窟の道以外に、いくつもの脇道があるようだ。まるで、いろんな道への終着点というか、始発点というか、そんな感じのする場所だった。


 「指輪を出して。」


 その広場の中心あたりまで歩を進めた城之澤が、後ろを振り返り、静流に言った。

 なんで?って言おうとした静流だったが、その視線が口調ほど優しげではなく、息を呑みつつ、首元から紐を引っ張り出す。


 「痛っ!」

 静流は指先に鋭い痛みを感じて、思わず叫んだ。

 いつの間にか肩から腕を離した丹川の手に、小太刀が握られ、その先で静流の人差し指を傷つけたのだ。

 何が起きたか分からない静流が驚愕の目で丹川を見る。

 まさか僕を殺す気なのか?

 そんな恐れが、思考を停止させていた。


 思考を停止させ、固まっていた静流のその手が、今度は城之澤に握られる。

 そして、そのプックリと指先に溢れてきた血を、件の指輪の模様にギュッとこすりつけられた。

 チクッとした痛みが、こすりつけることによってあらためて鈍く疼き、あわてて視線をそちらに送る。


 「あ、あ、あ・・・・」


 何をやってるんだ、この人達は。

 やっぱりヤバイ人たちだったんだ。

 殺される。

 殺されるのか、僕は?

 こんな、どことも知れぬ山の中の、しかも洞窟の奥で。

 人知れず、僕は死んじゃうのか?


 静流の頭は、そんな風にグルグルと疑問に満たされた。


 どのくらいそのまま固まっていたのだろう。


 「おおい、大丈夫かぁ?しぃ?おおい、静流よぉ。」


 そんな静流の目の前で手のひらをヒラヒラとなびかせ、下から丹川がのぞき込んできた。

 へ?

 この人は何をやってるんだ?


 「いやぁ、悪い悪い。そんなにビビってるって思わなかったわ。血、見たこともない、ってことはないだろう?こんぐらい、転んですりむいたら出るよな?」

 言い訳するような口調で、捲し立てるのを聞いて、静流は徐々に落ち着いてくる。

 確かに、危なっかしい刃物を持っていたけど、実際には先っぽを針で突いたぐらいのレベルだ。殺す、というのではないんだろうか?


 「だから、悪かったって。しぃがそんなに恐がりだと思わなくてさ。でも、ほら、手を切って血を出せっつっても、ビビるじゃないか?ヘンに気構えるより、さくっとやった方が痛くないっていうかさ?」

 「え?血?」

 「ほれ、指輪を見てみ。」


 そんなやりとりをしている間に、いつの間にか指輪は紐から抜かれて、城之澤の手の中にあった。

 そして、それが石の光りに反射して、レーザーポインターのように、1つの穴へと伸びている。


 「はい、これを指に嵌めてください。」

 静流が正気に戻ったのを見た城之澤が、指輪を突きだして、はめるように言った。

 血がついた指輪なんて、自分の血でも気持ち悪い、そう思った静流だったが、城之澤の無言の圧に負け、右薬指に通す。

 指輪のサイズはどうなんだろう、そう思っていたが、なぜか吸い付くようにしっくりきた。

 石のような鉄のようなその金属は、なんだかしっくり、という言葉以外言い表せないほど、違和感なく、指輪など生まれてこの方つけたことのない静流にも、まるでずっとつけていたかのような、そんな錯覚に陥る。

 それにしても、心臓の音がうるさいのか?

 ドクンドクン、というその自分の心音が、何故か指輪からリンクして感じる気が、した。


 「ん。これも間違いないな。」

 そんな様子を見た丹川が言う。

 何が間違いがないのか?

 静流は首を傾げたが、どうせこれにも答えがないのだろう。

 諦めた様子で、食い入るように指輪を見る。

 指輪からは相変わらず、石と同じ光が一直線に伸びていて、それが城之澤から静流に渡った今も、同じ穴を指していた。

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