第8話

 翌朝。


 静流が、エビのパテを塗った食パンを丹手とかじっていると、ドカドカと賑やかな足音を立てる人物が入ってきた。


 「ウィッス。って、まだ飯食ってんのかよ。キオ、まだある?」

 「おはよう、コーショー君。材料はあるから自分で作っておいで。」

 「えー、作ってくれよ。」

 「フフ。そういうと思って、みっちゃんの分とトースターに入れてるから、焼くだけですよ。」

 「あれ?あいつまだ?」

 「まだ来てないですねぇ。」

 「ちぇっ。なんだよ。遅れるなって言っておいて、あいつが遅いのかよ。」

 「約束まではまだ1時間以上ありますよ。」

 「んなの、飯食う時間に決まってるじゃないか。」

 「フフフ」


 最初に「まだ飯食ってんのか」とか言ってて、「飯食う時間」のために1時間以上はやく来る、ってめちゃくちゃ矛盾してる、と、静流はその人物を見て、こっそり思った。

 なんていうか、不良とかチーマーとか言いたくなるような古いマンガに出てきそうな、そんな感じの少年で、多分自分よりちょっと上かな?どっちにしても近づきたくないタイプだ、そう思いながらチラチラとその人物を静流は見ていた。


 彼は、「なんだよ、自分で作るのかよ。」などと言いながらも台所に進む。

 サイフォンのコーヒーを入れ、トースターのパンを連れて戻って来ると、ドン、と静流の横に座った。

 え?横?

 ちなみに大きなダイニングテーブルには長い辺に4つずつ椅子があり、また短い辺にも1つずつ置いてある。つまりは10人掛け。

 静流は、その長辺の一番端に陣取っていて、その向かい側に丹手が座っていた。

 つまりは広いテーブルに、わざわざ隣り合う必要なんてない。

 それなのに、なぜか隣の席に、その少年は座って、ガツガツとパンを囓りだした。


 「えっと・・・」

 静流は困惑して、少年を見る。

 「おまえが、しぃ?」

 「へ?」

 「お前が噂のしぃか、って聞いてるんだ。」

 「えっと・・・噂のしぃが何か分かりませんが、僕、舞財静流、です。えっと、あなたは・・・」

 「俺は丹川高尚にかわこうしょう。お前の、まぁ護衛?お守り役?そんなところだ。満とは同い年だから、そこんとこ、よろしくっ!」

 最後の言葉と一緒にちょっと睨む。

 同い年?嘘。親子でも通るんじゃ・・・

 「おい、失礼なこと考えているんじゃないだろうな。」

 ブンブンと、静流は首を振った。

 「ちっ。言っとくがあいつが老けてるんだからな。俺たちは二人とも35だ。」

 「へ?」

 てっきり、この人は高校生ぐらいかと・・・

 満、というのは城之澤さんのことだろう。彼だって20代か30代か迷うぐらいにしか見えなかった。彼が老けて見えるわけじゃない、と、思う。

 静流がそんなことを考えていたら、キッと、睨み付けてきた。

 威圧感がすごい。

 静流は思わず縮み上がった。


 「おいおい、中坊脅してどうするんだ。だいたいお前の言動がガキ臭いからいつまでもガキ面なんだよ。」

 そのとき、丹川の頭を上から押さえつけるようにしながら、そんな風に言う人物が・・・

 静流が、驚いて振り返ると、頭を上から押さえつけるその手を、思いっきり下から丹川がはねつけているところだった。


 「みっちゃんおはよう。君も早いね。ご飯食べる?」

 「いや、俺はコーヒーだけでいい。こいつと違ってでかくなる必要はないんでね。」

 「はぁ?無駄にデカくなりやがって、このでくの坊が!」

 「はいはい。で、護衛役のコーショーとしては、当然先に来てるんだから、静流君に予定は説明してるんだろうね。」

 「はぁ?なんで俺が?」

 「いやいや。皿が空になるぐらいの時間、ここにいるんだろうが?当然説明してしかるべきだと思うが?ねえ、静流君?」

 「へっ?僕?」

 「おい、しぃ。どうなんだ、ええ?」

 「いや、その・・・・そもそも何が何だか僕には・・・」

 「ある程度、キオから聞いてんだろうが?」

 「へ?いや、その・・・全然何も。」

 「はぁ?おいキオ!」

 「おやおやこっちに回ってくるのかい。僕は彼の世話をコーショー君とみっちゃんにお願いしたはずなんだけど?」

 ニッコリ。


 笑顔が、ぞくりと背中を振るわせた。

 それは、一人静流だけじゃなく、笑顔を向けられた丹川も同じようで、ゴクリ、と唾を飲む音が、隣の席にいた静流の耳に入った。


 「お、おぉ。そーだな。そうだ。おい、しぃ。さっさと食べてしまいな。それと、荷物はあるか?カタカムナの指輪は?あれ、肌身離さずちゃんと持っていろよ。なんだったら、指に嵌めておけ。説明は、そうだな。おいおい車でする。いいな、満!」


 いつの間にか長い足を組んでソファに座りコーヒーを飲んでいた城之澤が、丹川に声をかけられ、ヒラヒラ、と、手を振った。

 了解、ということだろうか。

 チッ、という舌打ちが静流の耳に入ったが、思わず見上げたその目を逆に睨まれ、静流は肩をすくめつつ、食事を喉にかきこんだ。



 半時間後。


 静流は、黒いバンの後部座席に乗っていた。

 前の運転席には丹川。助手席に城之澤。

 横も後ろも黒いガラスで外はまったく見えない。

 前、も椅子がそびえ立っていて、シートベルトで深く座っている静流からは、ほとんど見えなかった。

 

 (なんか、護送車みたいだ。)


 静流は、何度目かのため息をつく。

 いったいどこに連れて行かれるのだろう。

 流されるようにこんな車に乗ってしまったけど、普通に考えるとおかしいよな。危険だよな。

 前の二人の会話は、エンジン音でよく分からない。

 不安と、だけど、これでいいんだ、というよく分からない心の奥からの呼びかけに、静流は混乱していた。

 なんとなく非日常を感じる昨日からの出来事。

 危険だってかまわないや。だって、もう、僕のことを心配する人はどこにもいないんだから。

 そんな、自暴自棄の気持ちもあって、気がつくと、静流は、夢の中にいた。

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