第6話

 手の中の木箱を見せるか。それとも・・・


 静流が決めかねていると、丹手がさもすべて分かっています、というような顔をして、言った。


 「君が手の中の物を僕に見せるか見せないか、で、おそらく今後の人生は変わるだろう。だけど、別に僕はどっちでもかまわない。当然、初対面の僕らのことなんて胡散臭く思っているのだろう?その気持ちを優先して、ここから出ていっても、僕はいっこうにかまわない。ただ、もしそれを見せるならば、きっと僕が役に立つのは間違いない。」


 ばぁちゃんが行くように、これを見せるようにと遺言した。

 静流にとっては、少なくとも今の静流にとっては、それがすべてだった。


 育ての親である曾祖父母もいなくなった。

 所属していた中学校だって、今は卒業してしまった。

 高校は、ばあちゃんが望んだから受験して合格したけど、入学の手続きはしていない。

 天涯孤独、というのはこういうのを言うのか。

 幸い、曾祖母と住んでいた家は持ち家で、親戚があるとか、そういう話は聞いたことがないから、とりあえず住むところはあるし、家事全般は曾祖母に仕込まれているから生活だけなら、問題ない。


 問題は、お金、か。

 とりあえず、自分名義でそれなりの額の通帳を用意してくれていたのは知っていたし、当分は問題ない。

 ただ、相続、というのが家でも銀行でもある、と、行政の人が教えてくれた。

 親戚がいるかで、色々変わるのだ、など、教えてくれたが、どうやらそれについても曾祖母が手配しているはずだ、などと、近所のおばさんが話していた。

 曾祖母が長くない、と見舞いに来ていたおばさんだった。

 確か彼女がばぁちゃんは弁護士に頼んでるみたいだよ、と言ってたから、あのとき、あの小箱が渡されたあのとき、とっさに弁護士か?などという問いができたのだろう。


 あのとき・・・・

 あのとき、ばぁちゃんは、なにかを思い出して、さもおかしそうに笑っていたっけ?何かを懐かしむような、そんな雰囲気だった。

 そして、弁護士、って言う言葉に一瞬躊躇した。

 だが、それにさも楽しいという感じで、肯定したんだった。

 今考えると弁護士と言うにはちょっと怪しいが、実際弁護士免許は持っている、なんて思い出していたんじゃないだろうか?

 だったら、あのとき、ばぁちゃんの頭に浮かんでいたのは、目の前で怪しい笑顔を浮かべているこの男、だったのかもしれない。

 ばぁちゃんの表情を思い出せば、それは優しくて、楽しそうで・・・・

 だったらきっと良い思い出、なんだろう。


 なら、と、静流は小箱を握りしめる。


 なら、はじめから一択じゃないか。


 静流は鞄の中から、小箱を取り出す。

 そして、それをゆっくりと、男に差し出した。



 ニヤ。


 まるでチェシャ猫だ。

 ニカッと空間が笑ったような、気がした。


 男は、笑みを浮かべたまま、おもむろに木箱を取り上げる。


 パカッ。


 軽やかな音を立てて、蓋が開けられる。


 「ほおっ。」


 その中身を見て軽く喉を鳴らした男は、ゆっくりと静流を見た。


 「これが何かは知ってるかい?」

 静流は首を振った。

 静流には、それが、ヘンな意匠の指輪である、ということしか分からない。


 静流の答えに満足げに頷いた丹手は、静流に笑顔を向けたまま、背後の城之澤へと、その箱を差し出した。


 「指輪を見たのは初めてだ。それにこの素材、ひょっとして?」

  城之澤は、木箱のまま中身をながめすかめつ、感想、のようなものを言う。

 「フフフ。それは鍵だよ。」

 「鍵?」

 「ああ。フフ、静流君。これは、鍵だ。貸金庫の、ね。」

 「貸金庫、ですか?」

 「ああ。たぶん中身は君に継がせたいあらゆるものだ。だが少々問題があってね。」

 「問題?」

 「そうだ。これが鍵となる場所は少々遠くてね。それに君が行かなきゃ、話しにならないんだ。ただね、その遺産、ともいうべきものが、本当に君の物になるのか、僕には分からない。君にその権利があるか、それを知るには、現地に行かねばならないんだ。大丈夫かい?」

 「現地に、ですか?まぁ、僕は学校を卒業したし、特に用事があるわけじゃないから・・・」

 「そ。だったら大丈夫、か。でもさすがにそのままじゃ、ね。分かった。みっちゃん、コーショー連れて、付いていって。」

 「はぁ?なんで俺が・・・」

 「それ、興味ないの?」

 「カタカムナの指輪、か。そりゃな・・・」

 「それにみっちゃんの本業とも関わるでしょ。それともコーショー君一人に任せる?僕はかまわないよ。」

 「俺一人でも・・・」

 「無理。それは無理だね。コーショーと一緒だ。今回はしぃちゃんもいるし、ね。」

 「へ?しぃちゃん、て、僕?えっと、あの・・・」

 「大丈夫大丈夫。しぃちゃんは大船に乗ったつもりで、みっちゃんたちについていけばいいからね。フフフ、それにしてもカタカムナで刻印された玉璽、しかもヒヒイロカネ製か。さすがの僕も本物は初めて見たよ。ククク。なんだか楽しくなりそうだ。」

 「はぁ。分かったよ。コーショーとこのガキを連れて行けば良いんだな。手続きは・・・」

 「そっちは任せて。フフフフ・・・・」



 静流は、目を白黒させて二人にやりとりを見るのだった。 

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