第5話
「で、お前は何者だ?」
ホストみたいなモデルみたいな自称公務員城之澤も、怪しい黒い男丹手と同じように、そんな風に凄んだ。
単なる中学を出たばかりの気弱そうな少年に対しては、不可思議な言い様だ。
が、しかし。
おろおろする静流に対し、二人の伺うような、挑むような視線は容赦がなかった。
「なにもの、って言ったって・・・」
静流は困惑する。僕は単なる中学生、って卒業したから、もう、そうは言えないのか?だが、単なるガキ。身寄りのない普通の気の弱い子供だってことは、静流が一番知っている。
だが・・・
二人は、黙って静流を見ている。
戸惑う静流に、表情も変えず、ただ見ていた。
「あ・・・うっ・・・えっと・・・何者、とか言っても、僕は舞財静流。先日中学を卒業したから、その・・・」
「舞財?」
「へぇ・・・。」
名を言ったその時、二人の表情が少し動いた。
城之澤は、何かを思い出すように。
丹手は、面白いものを見つけた少年のように。
「えっと・・・はい。」
「静流君、でいいかな?ここに弁護士がいるから訪れるように言われたんだったね。」
「あ、はい。えっと、それを言ったのは曾祖母にあたる人で・・・」
「曾祖母?」
「えっと、舞財カエデと言います。その・・・母方の曾祖母って聞いてます。」
「舞財カエデ。へぇ。てことは君は馨の孫ってことかな?」
「馨?えっと、僕、曾祖母しか知らなくて。」
「15年ほど前だったね。彼女が亡くなったのは。夫と娘夫婦が一緒だったと記憶している。しかし、孫がいた、とはね・・・・」
「え?あの、ひょっとして、うちの家族のことを知ってるんですか?」
「フフ、さあね。」
思わず食らい付いた静流だったが、言った後で、いくつかの疑問が頭をかすめた。
目の前の、自分と語っている男は、どう考えても20代前半。いって半ばってところ。自分と10歳違うか違わないか、ってところだろう。
ということは、両親達の事故のことを知っているような言い方だが、そのとき、目の前の男は小学生だろう。
それに、カエデとか馨、という言い方が、まるでよく知っている人に対する風に聞こえた、というのは、呼び捨てにしているから感じた、ってだけなのか?
この見ようによってはレトロ過ぎて不気味な洋館と、二人の容姿も相まって、なんだか、彼らが人間ではないかのような、そんな怖気が静流を襲った。
厨二病とでもなんとでも言うがいい。
こいつら、絶対妖怪化け物のたぐいだろ!
静流は、逃げ出したいような、でもそれは無理だろうな、という、勘とでも言うのか、不思議な感じに動揺しつつも、この洋館の雰囲気に呑まれているだけだ、普通の、ちょっと変わった人達だ、と、自分に言い聞かせる。
「フフ。ひょっとして、僕たちが不気味に感じる、とか?だとしたら君、なかなか才能あるねぇ。」
「ちっ。キオ、ガキを驚かせるんじゃねえよ。おい、静流、とか言ったな。お前、舞財で間違いないな?」
城之澤が、丹手の後ろから、身体を乗り出して聞いた。
その様子に思わず仰け反った静流は、コクコクと頭を縦に振る。
「舞財。そうかあの舞財カエデの孫、いやひ孫か。ひょっとして、あのばあさんに育てられた、のか?」
城之澤はばあちゃんを知っているのか、そんなことを聞いてくる。
静流は、訝しみながらも、頷いた。
「道理で・・・ああ、驚かせて悪かった。あのばあさんにはガキの頃にちょっと世話になったもんでな。しかし、ばあさんの・・・」
城之澤は顎に手を当てて、一人納得したように何度も頷いている。
「まぁ、あの人なら知っててもおかしくないか。君がここに来たってことは、カエデは?」
「先日亡くなりました。」
「なるほど。・・・で、彼女、他にも渡さなかった?ここで何か見せるように、とか言われなかった?」
静流は、一瞬目を見開いた。
なんでそんなことを知っている?
だって、あれは、単なる・・・
それは曾祖母が亡くなる1週間ほど前のこと。
病床の曾祖母に言われたんだ。
とある小さな箱を持ってくるように、と。
静流は、それと一緒に置いてあった紙ともども曾祖母の手元へと渡す。
「私が死んだら、ここに行きなさい。これを見せれば全部分かるようになってるからね。一人で心細いだろうが、なぁに、ここに行けば全部大丈夫。良いようにやってくれるからね。」
「それって、弁護士さんってこと?」
「弁護士?フフフ、そうだね。そうだ。弁護士だ。ちゃんと法に則っていいようにやってくれるさ。くれぐれも、・・・フフ、逃げるんじゃないよ。お前なら大丈夫だから、ねぇ。」
意識をなくす、ほんの1日前のことだった。
それから5日ほどは意識のないまま、そして静かに息を引き取った。
それからは瞬く間、だった。
葬式とか、そういうのはどうやら自分であちこちに手配していたようで、行政も入って、いつの間にか終わっていた。
中学を卒業した、といっても、結局式典に出ることもなく、きっと誰かが持ってきてくれたのだろう、いつの間にか卒業証書やらアルバム、記念品、といったものが、仏壇の横に置いてあった。
時間は静かに過ぎていく。
そして。
ふと、いつの間にか手にしていた、木箱とここの住所が書かれた紙。
意を決して、なんて、立派なことでもない。
気付いたら、紙を握りしめ、この家の前で途方に暮れて立っていた、と言うのが正しい。
(だからさ、ばあちゃん。逃げなかったわけじゃないんだ。でも、なんだか僕は後悔してるよ。なんでこんなところに行けなんて言ったのさ。)
静流は、鞄の中で、木箱を握りしめ、それを出すか出さないか、途方に暮れたのだった。
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