第4話

「弁護士、と言ってたね。ああ、確かに僕は弁護士ある。だけど、それを知っている人は少ないんだよね。で、誰から聞いた?そして・・・君は何者だい?」


 蛇に睨まれた蛙、とはこういうものを言うのだろうか。

 大して大柄というわけでもないその男に、怖気が走る。

 美形って怖いんだな、なんて、そんな中でも思えている静流は、だが、意外と図太いのかも知れない。


 パーン!

 「痛っ。何するのさ!」


 呑まれて固まっていた静流の前で小気味良い音が鳴った、と思ったら、ズンと乗りかかる重しのようなモノが消えた気がして、今まで息をするのを忘れていたことを、静流は知った。


 気付かないうちに、大男が弁護士の後ろに立ち、その頭をはたいたのだ、と気がついたのは、ゼイゼイと無様な呼吸を整えた後だった。


 「何するはこっちのセリフだ。何、ガキを威圧してんだ?」

 「だって、僕のこと、弁護士だって!そんなのまともなやつじゃないだろうが!」

 「おまえ、いっつも本業は弁護士だって騒いでるだろうが。」

 「それは、そうだけど。でもさ!!」


 ・・・・


 なんとか息を整えている静流の前で言い合う二人に、本当にここへ来たのは間違いだったか、と何度目かの感想を抱く。


 「コホン、えっと、ではあらためて。僕はこういう者です。で、君は?」


 少々ジト目になっている静流に気付き、居住まいを正した弁護士を名乗る男は、胸ポケットから名刺を出しつつ、静流に差し出した。


 (なんていうか、ばあちゃんが死んでから名刺ばっかりだなぁ。)

 知らない人が来ては、名刺を渡して、好き勝手しゃべって行く。

 名刺、で、その人が証明されている、なんて、なんで思えるのだろう。

 まだ名刺なんてものを使ったこともない中学生ガキの僕にはわかんないや、と、うろんな物を見るように静流はその名刺を受け取った。


  『弁護士 丹手貴雄』


 受け取った名刺に書かれていたのは、その名のみ。

 住所も電話番号もない名刺に、いったいなんの意味があるんだろう。

 でも・・・・

 (少なくとも前から弁護士って名刺は用意していたんだな。嘘、でもないのか・・・)

 静流はそんなことを思う。


 「たんてたかお?」

 「はい、正解。まぁ、そうやってちゃんと呼んでくれる人は少ないですけどね。」

 そう言う弁護士に続き、大男が口を開いた。


 「大抵のやつはそいつをキオと呼ぶ。そいつのガキの頃を知っているやつなんざいないが、どうやらガキの頃から探偵ごっこが得意なようでな。探偵キオ。いや、やつの雰囲気をもじって耽偵キオなんて呼ばれてる。この門にも書いてあったろう。耽偵奇憶館たんていきおくのやかた。昔の連れが書いたこれはキオに記憶を重ね、さらに字をいじったらしい。いつの時代のヤツらかは知らんがな。まぁ、弁護士っていうよりは探偵としての方がこいつは有名でね。だから、本業だっていう弁護士を訪ねて来たってのが、ことのほか嬉しいんだよ、このひねくれもんはな。意地悪するのは気に入った証拠だ。悪いが慣れてくれ。」

 「はぁ。・・・で、あなたは?」

 「俺か?俺は城之澤満じょうのさわみつる。しがない公務員さ。こいつとは、今はある意味仕事仲間、か?まぁ気にするな。」

 「はぁ・・・・」


 (しがない公務員って・・・似合わねぇ。どう見てもモデルかホストだろ?)

 そんな風に思う静流だったが・・・・


 しかし。


 自己紹介も他己紹介?も、聞けば聞くほど怪しく感じる。


 本当にここへ来たのは間違いだったか、そう何度かの感想を抱く静流に、

 「で、お前は何者だ?」

 城之澤からも同じ不思議な質問を向けられて、静流は、なんて答えたら良いのか、と途方に暮れたのだった。

 

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