第3話

 それなりに長いアプローチ。3段ほどの階段を登ると、大きな両開きの扉があった。


 「悪いけど君、開けてもらえる?」

 弁護士、と名乗ったその人は、少し紙袋を持ち上げて、手がふさがってるとアピールすると、顎で扉を静流に示す。


 「あ、はい。」


 なんとなく命令されると従ってしまうのが静流の悪い癖だ。

 小さい頃から、親がいないことをからかわれて、悪童からは使いっ走りのようなことをされていた。

 だがいじめられていた、という意識はなく、むしろ、諾々と従う自分に女子達が必要以上にかまうものだから、そんな女子達から逃げるために、顎で使う男子達の下へ参じていた、といえるかもしれない。


 そんな中学を卒業しても変わらぬ自分の姿に苦笑しつつ、静流は扉を大きく開けた。


 カランカラン・・・


 ドアには大きな鈴がついていて、それが扉の移動に合わせて小気味よく鳴った。


 「ありがと。」

 弁護士が、軽く礼を言いながら、静流の横を通り抜ける。

 弁護士が、とか言っているが随分若いように思う。

 20代半ばか。大学生にだって見えなくはない。

 扉の中は、ちょっと薄暗く、磨き上げられたような木の床も壁も、渋いこげ茶で黒光りしていた。


 入って正面は、大きな吹き抜けの階段。

 その階段手前は、左右に廊下が延びていて、弁護士は袋を抱いたまま、左の方へとズンズン歩く。

 一瞬戸惑った静流だが、ここに放置されても、と、慌てて、その背中を追った。



 いくつかの扉があったけど、つきあたりまでその人は歩いて行く。

 つきあたりにも扉があって、うっすらと扉は開いていた。

 その隙間に足を入れて、その人は「ただいま」と声をかけつつ中に入る。


 誰かいるの?


 静流はその挨拶を聞いて、さらに緊張した。


 いらえはない。

 が、そんなことを気にもしないで、ズンズンと弁護士は中に入って行った。



 部屋の中に入ると、まず壁一面の本棚が目に入った。

 壁と同じ磨き上げられた黒光りする木の本棚で、なにやら難しそうな本が整然と並んでいた。

 ドアはほぼ左端にあたり、入ってすぐには、こじゃれコート掛けだけが鎮座する。

 中央辺りから奥にかけては、どうやらこちら側を背にした長いシックなソファがあり、そのソファで向こうは見えないけれど、テーブルとか、背が見えるソファとセットになるようなソファもあるのだろう。

 

 部屋はどうやら右奥がさらに右に折れているようで・・・


 「ちょっと開けてよ。」

 右に曲がった弁護士の声が聞こえ、「あ、はい。」なんて静流が答えたけど、

 「あ、君じゃなくて。ちょっとみっちゃんってば、お客さんも来てるんだから!」

 なんて、誰かに言っている。


 そのとき、静流も気になっていた、が、視界から消えた。

 足、だろうけど・・・なんて思っていたのはやはり足だったようで、ソファに転がっていた誰かがむくりと起き上がる。


 長い足だなぁ、ぼんやりそう思っていたけど、立ちあがったその人は想像以上にデカかった。

 2メートルぐらいあるんじゃね?

 なんて、そのモデルみたいなスーツを着崩した男を見て、そぉっと心の中で思った。

 と、そのとき、チラッとこっちを見た!

 静流は焦って、1歩下がる。


 「言っとくけど・・・」

 想像通りの、いや想像以上に低く渋い声に、さらにビクつく。

 静流は肩をすくめてその人を見る。

 「俺は、190センチしかないから。」

 そう言うと、どうやら扉でも開けに行ったんだろう、弁護士の消えた右奥へと立ち去った。


 心でも読めるのかよ!


 詰めていた息をホォッーと吐きながら心の中で静流は突っ込んだ。

 ドキドキさせておいて、身長かよ!まぁ、難癖付けられてたら、怖くて泣きそうだけどさ。


 そんなことを思いつつ待っていた静流は、が、間もなくソファへと案内される。

 さっき大男が転がっていたソファだ。

 ガラスのテーブルを挟んで、向かい側の一人掛けソファには、弁護士、と名乗った人が座る。

 ここのソファにいた人は、静流からいうと左側に置かれた、おそらくは仕事机、の向こうにある、立派な椅子に腰掛けて、いや、長い足をデスクにおいて、椅子の長い背にもたれていた。


 「もう、みっちゃんってば、お行儀悪い!」

 「昨日は徹夜だったんだ、ちょっとは休ませろ。」

 そんな会話を、一応は客の静流の前でする二人。

 でも、僕みたいな子供なんて、眼中にないのかもな、なんて静流はこっそりとため息をつく。


 カラン、と、出されたジュースの氷が鳴った。

 静流はため息を押し殺しつつ、ジュースを手にしてストローを咥える。

 あー、なんでこんなところに来ちゃったんだろう。


 クスリ、とそんな静流を見て、弁護士は笑った。


 「さてと、一つ聞いて良いかな?」

 弁護士は、仕事モードなのか、なんとなく雰囲気を変えて、静流に向かった。

 慌てて、ジュースをテーブルに戻す静流。


 「弁護士、と言ってたね。ああ、確かに僕は弁護士ある。だけど、それを知っている人は少ないんだよね。で、誰から聞いた?そして・・・君は何者だい?」


 静流は呑まれたように息を詰める。


 微笑みながら問うその男からは、なんだか、険呑な空気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る