第6話 彼女

 二週間後、彼女はまた僕の家に泊まりに来ていた。

 いつも通り過ごしていたが、次の日彼女を駅まで送り家へと戻る帰り道、僕はまた妙にどっと疲れを覚えた。

 僕はいつもほぼ100%彼女よりも寝るのは遅かったはずだが、その日の夜の彼女のおやすみのメールに僕は初めて返信しなかった。


 この頃は会える回数が減ったのもあり、彼女はよく電話をしてくるようになった。

 でも僕はちょいちょい出られるタイミングでも電話に出なかったりした。かけ直す時も、わざとあまり時間がないタイミングでかけ直したりした。

 僕は彼女と中々会えない事に当然寂しさを覚えたが、その分以前より自分の時間が持てるようになった事に喜びも感じていた。


 次のデートの時、彼女は体調を崩してしまい、その日は日が暮れる前に解散した。

 彼女は実家暮らしだったので、僕は早く家に帰すのが彼女にとって最善だと思い、寂しそうにごめんねと謝る彼女を早々に帰宅させた。

 時間が浮いてしまった。でもまあ仕方がないこと。今日は家で一人ゆっくりするかなーと考えていた僕に、ふいに友人から電話がかかってきた。今日の夜飲みに行かないかという誘いの電話だった。

 ちょうど急に時間が浮いてしまったタイミングだったので、僕は迷わず二つ返事でそのまま飲みに出かけた。


 いきなりの誘いだったが結構人数も集まっていて中々盛り上がり、僕は調子に乗って終電まで飲んでいた。

 帰りにケータイを見ると電池が切れてしまっていた。そういえば充電し忘れていたな~と思ったがそんな事はすぐどうでもよくなり、酔っ払った僕は家に着くなりシャワーも浴びずにバタンとベッドに倒れこむようにそのまま寝てしまった。


 次の日、昼前ぐらいにやっと目を覚ますと充電機に刺されたケータイがチカチカ光っていた。

 見るとメールが8件入っていて、全部彼女からだった。僕はハッとしたが、すぐに落ち着いて、一旦シャワーを浴びて軽く食事を済ませてから彼女に電話した。

 彼女は15回目のコール音でやっと出た。


「あ、もしもし?」

「......はい」


 急にすうっと部屋に冷たい風が入って来たので、僕は電話片手に窓越しに外を見ると、真冬に逆戻りしたような曇り空から雨がパラパラと降り始めていた。


 次のデートは三週間後だった。

 前回の反省があり僕は普段以上の気遣いで彼女に接していたが、二人は明らかにいつもより口数が少なかった。

 またいつものように彼女は僕の家に泊まりに来て二人一緒に夜を過ごしていたが、僕と彼女はまた不毛な悲しいやり取りをしていた。

 僕はいつものように彼女を抱き締めキスしたが、抱かなかった。


 次の日、彼女はいきなり僕にこう言ってきた。

「あたしのからだ、きたない?」

 僕は少し驚いたように「え?」と訊き返した。

「あたしのこと、すき?」

「ああ、好きだよ」

「ほんとに?」

「うん」

「ほんとにほんと?」

「ああ、好き」


 僕は明らかに面倒臭そうな顔をしていたのだろう。彼女はそれを敏感に察知したらしく、じわっと悲しそう表情を浮かべさっとうずくまった。

 そして再び顔を起こすと、またすぐにうつむき、下を向いたまま彼女は言った。

「ねぇ......別れよう」

 僕は少し考えてから、いや、何も考えてなんかいなかったと思う。

 ただ一言こう言った。

「うん」


 彼女はいいと言ったが、僕は彼女を駅まで送った。

 彼女は別れ際、急に無理な不自然な笑顔を作ってこう言った。

「そっちからは別れようって言えないもんね。あたしみたいな重い子に」


 ......

 

 僕は彼女の事が好きだった。彼女も僕の事が好きだった。

 でも、別れようと言われた時、僕はうんとしか言えなかった。

 彼女を引き留める事は十分できたと思う。

 なぜ好きなのに引き留めなかったんだろう。それは、これ以上この恋愛に頑張れなかったんだと思う。

 結局、二人は一年とちょっとで別れた。


 ......今思うと、最初彼女を放っておけないと思ったのは、まるで昔の自分を見ているようだったからで、去っていく彼女を引き留められなかったのも、昔の自分を見ているようだったからではないだろうか。

 あれから四年近く経つが、彼女は今頃一体どうしているだろう。

 彼女と別れてから、僕は誰とも付き合っていない。



[完]

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彼女 根上真気 @nemon13

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