SSSatellite(サテライト)

あとり

第1話

ある日、宇宙から無数の青く光り輝く小さな隕石が日本各地に降り注いだ。

隕石のほとんどは大気圏内で燃え尽きたが、一部は地球上へと落下した。落下したその隕石からは「アストライト」と呼ばれる未知のエネルギー結晶体が発見され一時は研究が進められたが、調べられた限りでは特別何かに使えるというものでは無かったという。

とある少女が現れるまでは…


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隕石落下から数年が経ち、その影響も見えなくなってきた頃。

日差しの強い真夏の昼間。高校が夏休みに入ってからと言うもの、俺は特別やることもなくダラダラと毎日を過ごしていた。部屋にずっと籠っているのも身体に悪いと思い、このまとわりつく暑さを凌ぐ為にコンビニで買い物をしていた。

普段から購入しているアイスを数個購入すると、コンビニの冷房の涼しさを名残惜しみつつ外へ出る。コンビニ内との寒暖差が暑さをより一層感じさせ、どっと汗が出てイヤな気分になる。

日差しを避けつつ木陰を通るように歩いていると、日の光に反射して青く輝く石が木の根元に落ちているのが目に付いた。

「何かの宝石…?」

その石を拾い上げ太陽に照らして透かしてみる。石の中で青い輝きが乱反射してる様子が見ていて楽しい。

自然にこんな石が出てくるものなのか?と少し疑問に感じたので後で調べてみようとおもむろにズボンのポケットにしまい入れ、暑さから逃げるように足早に家へ帰った。


「ただいま」

「あら、おかえりなさい」

家に帰ると聞き慣れた女性の声が出迎えてくれた。

「詩織さんの分もアイス買ってきたよ」

「やった!ちょうど食べたかったから嬉しいわ」

彼女は大野 詩織。両親が海外で仕事をする事になった俺の面倒を見てくれている。ちなみに母親の友人でもある彼女は、俺のことを幼い頃から可愛がってくれていて、自身の家で預かるという話が出た時も快く承諾したという。ありがたい話だ。

「ちょっとシャワーだけ浴びてくるからその後で食べようよ」

「ええ、良いわよ」

その返事を聞きつつ自分の部屋へ着替えを取りに向かった。


「ただいま」

ゲージの中で餌箱を漁っているハムスター「エル」に一声かけると、その声に反応してこちらに近付きゲージをガリガリと齧り出す。

「後でね」

風呂から上がったら散歩させてあげよう。

着替えをタンスから取り出している時、そういえば、とポケットにしまっていた青い石を取り出し部屋の照明の明かりでまた透かせて見てみる。石の中でキラキラと反射し光る様子は眺めていてつい夢中になってしまう。

しばらくぼーっと眺めていると服に付いた汗が冷えて身体に張り付き気持ち悪くなってきたので、手に持っていたその石を机に置き着替えを持って足早に浴室へ向かった。


「亮くーん!ごめん、急用が出来ちゃったから出かけて来る!私の分のアイス食べちゃダメよー?」

シャワーで汗を流していると浴室の扉の外から詩織さんの声が聞こえてくる。何の仕事をしているのかは教えてもらっていないが、たまにこうして突発的に仕事に向かうことがあるのだ。

「はーい分かってるよー!いってらっしゃい!」

それからしばらくシャワーを浴び、さっぱりとした気分で浴室から出る。柔軟剤の良い香りがするタオルで身体を拭きサラサラのTシャツに着替える。リビングに行き冷蔵庫から買ってきたコーン付きのバニラアイスを取り出し部屋に戻る。


アイスを舐めると、この冷たさと甘さが夏の暑さで疲れた身体に効くのだ。これこそ至福のひと時…

ぼんやりとそんなことを考えつつエルを机の上で散歩させ、その顔の前辺りに指を近付けては甘噛みされるという光景を楽しんでいた。

エルは他の人にはあまり噛み付かず、何故だか俺の指にだけ噛み付く。痒いくらいでそこまで痛くは無く、ほんのり痛気持ちいいような気さえする。もはや軽く噛まれることが少しクセになっているのかもしれない。

「美味しいエキスでも出てるんかねぇ」

食べていたアイスもコーンまでしっかり完食し、スマホの画面で日課の通販サイトを眺めているとだんだんと心地良い眠気に襲われ、そのまま机に突っ伏して寝てしまっていた。


「ん……まぶしっ………?」

瞼の裏に光を感じ、目を覚ます。寝ぼけ眼に差し込んでくる光と共に眼前に飛び込むあり得ないような光景に、まだ頭が寝ているのではないかという錯覚に陥る。

目の前でエルのその小さな身体が光り輝いていたのだ。

「あ、え…?」

状況が掴めず動揺する亮を尻目にその光はさらに強さを増し、やがて直視出来ない程に輝きを増していった。

そしてようやく光が落ち着き、亮が目を開いた瞬間…


そこには全身に淡い光を纏った白い髪色をした少女の姿があった。


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身体から発していた光が消えると少女は目を開いた。

「…あっ………あの…えっと……違ったらごめんないさいですけど……エル…さん…?」

気が動転してしまい何を言ってるか正直分からなくなっていた。だがにわかには信じ難いが、エルが光ったと思ったら女の子が目の前にいる。つまりエルが何故だか少女の姿に変身してしまったということなのかもしれない。頭の中がこんがらがっている今の自分にもそれくらいの推理は出来た。

名前を呼ぶと目の前でぺたんこ座りをする彼女が反応し机の上から床に座る俺の方へのそのそとのしかかって来て2人一緒に後ろに倒れ込んでしまう。

目の前のその端正な顔立ちに見入ってしまう。髪は白くサラサラのショートヘアで、肌も白く綺麗、胸も…

「あぇっエルっちょっと服!服着よ!!!」

まだエルかも分からないまま咄嗟にそう呼んでしまったうえに、このヘンテコな状況に気を取られて彼女が服を着ていないことに気付かなかった。とにかく服を…

「くぇ…ッ?!」

慌ててその生々しい身体を見ないように隠すため出した手にエルがおもむろに噛み付く。突然のことに一瞬何をされたかよく分からなかったが少し遅れて頭が状況を理解した。しかし噛まれた割には痛みはなく、むしろ安心感すらあるような気さえする。

「やっぱ、エルなのかなぁ…って服よ服!」

思わず和んでしまっていたが、はっと我に帰り彼女を自分の横に座らせタンスに手を伸ばそうとする。がしかしエルは引っ付いてきて離れてくれない。

「くっごめん…ちょっと服だけ…取らせて…」

「んぁぅあー」

初めてその声を聞いたがまるで赤ちゃん言葉のように声をあげるだけで、どうやら人の言葉を話すことは出来ないらしい。当然と言えば当然か。

とにかく自分の理性が保てなくなる前にエルからの束縛を解きタンスからTシャツと自分の下着を取り出す。

「女の子だけどとりあえずトランクスでもいいかな…?後で詩織さんに相談しないと」

イヤイヤして中々着ようとしてくれないエルに無理矢理服を着せる。

「これが育児か…なんて、こんなデカい子供がいてたまるかっていうね」

目の前にいるエルはただ服をどうにか脱ごうとしているが動きがたどたどしく脱げない様子。人としての動きに慣れてないせいなんだろう。

「ただいまー!」

どうしたらいいのか分からないこの状況に救世主現る。

「おかえりー!ちょっと俺の部屋に来てー!!」

エルを連れて行こうにも、服を着た後は俺に引っ付いてくるので身動きが取れないのだ。

「どうかしたの…って、どちら様…?」

「あー…一応エルなんだけど」

「え」


ひとまず詩織さんに事のあらましを伝えた。聞いてる間難しい顔をしていたが、話してる自分が言うのもなんだが誰でもそうなるだろう。

「うん、とりあえず私の知り合いにそういう"特別"なことを研究してる人がいるから、その人の所に連絡してみるわ」

「分かった、助かるよ」

そう言って詩織さんはどこかに電話をかけ始めた。


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「着いたわ。とりあえずエルをおんぶして行ってもらってもいいかな?」

「ほーい」

エルはどうやら歩くことが出来ない、というより歩き方を知らないみたいで、車に乗せる時も抱っこしながらだった。

詩織さんの話ではここ…先端技術研究所【ナイン】と呼ばれる施設でエルを診てもらうみたいで、様々な分野を研究し応用することで技術革新を得ようとしている研究所らしい。病院も併設されてるから何かがあっても安心だとか。

「藤島先生に連絡をしていた大野です」

「お待ちしておりました、そちらの階段を上がった先の突き当たりの部屋になります」

「分かりました。行こっか?」

「あ、うん」

受付の人に場所を聞き向かう。施設内はかなり綺麗な印象で、外からの人の出入りも割と多そうな雰囲気に感じた。

研究所というと、こうもっと液体とか飛び散ってたり物が乱雑だったりするイメージがあったが、それはアニメの見過ぎによる偏見だったのかもしれない。

「そういえばエルちゃん、おとなしいね」

「なんでか、じっと固まっちゃってるね」

歩いてる最中、なんとなくだが緊張というより周りを警戒しているような雰囲気を背中のエルから感じた。


「藤島先生、お久しぶりです。突然のご連絡になってしまいすみませんでした」

「いや、大丈夫ですよ。それより…この子がその?」

「ええ、ハムスターから人の姿へと形を変えてしまったエルです」

「ほぅ……ぱっと見はどこにでもいそうな可憐な少女に見えますね、とりあえず検査していきましょう。先にCTの準備と、終わってから血液検査をお願いします」

「はい」

その藤島先生と呼ばれている方が近くの助手のような人に指示を出すと、それを聞いて別の部屋へと向かっていった。

「ではまず身体の構造がどうなっているかを見る為にCT検査をしたいので、私に着いてきていただけますか?」

「分かりました。亮くん、またエルちゃんをお願いね」

「うん。エル、ちょっとごめんね」

「あぅぁー」

顔を見て話しかけると、ちゃんと自分に言っているのが分かるのか返事を返してくれる。

それからは少し(?)大変だった。CT検査の時は大人しくしてくれないからバンドで縛り付けるしかなかったし、血液検査なんて噛み付いてこようとしたくらいだし…しかも人一倍力も強くて、これもハムスターから人になった影響なのか?

そんなこんなで検査はなんとか無事終了。結果は後日出るとのこと。

「エルちゃん、だいぶ機嫌悪くなっちゃったね」

「はは…まぁ、しょうがないよね」

散々色んな目にあったと本人は思っているだろう。何も知らない状況で同じことをされたら自分も多分暴れ回るだろう。

「でも、亮くんにだけはやっぱり懐いてる感じがするよね〜」

「そう、なのかな?」

確かに検査中他の人がエルを押さえてる時は力強く振り払おうとしていたけど、俺が押さえると割と大人しくなってたような気はする。

「さてっ!これからが大変よ〜?」

「ん?」

「エルちゃんに色んなこと教えてあげないといけないでしょ?」

「確かに…1からってなるともう子育てするようなもんだよね」

「ええ、そうよ……うん、詩織ママにお任せあれっ!」

苦笑いしつつ冗談混じりにそう言うと、詩織さんの表情が一瞬なんだか物悲しい雰囲気に感じた。


検査がひと段落し家へ帰ってきた。結果は後日改めて知らされるとのことで、それまでは特別何かをするということもない。

エルはひとまず詩織さんの部屋で一緒に寝ることになったが果たしてちゃんと寝てくれるのだろうか…そもそも言うことを聞いてくれてるだろうか…

心配ばかりしても仕方ないのでさっさと寝てしまおう。

「ん…?」

ふと机の上を見た時にある物が目に付いた。

それは昼間に拾ってきた青い石だったが、最初に見た時と形が変わり、デコボコとした印象がより強くなっているような気がした。

エルが間違って齧ったのか?真相は分からないが、何かの拍子に欠けたのかもしれないし、元々こういう形だったかもしれない。

せっかく綺麗だし、今度ネックレスにでもしてもらおうか。

そんなことを考えていると、今日は色々あってバタバタしていたせいかかなり気疲れして眠気が強くなりうとうとしてきた。ひとまず石は引き出しの中にしまっておき、早々にベッドで眠りについた。

この青い石がこの怪奇の大きな原因になっているとはこの時はまだ知る由もなかった。


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あれから2年が経った夏、俺は高校最後の夏休みに自分の進路そっちのけでエルとの日常を楽しんでいた。

「朝だよ、起きてー」

腹の辺りに圧迫感があると思ったらエルが跨っていた。

「ん…おはよぉ…」

人になってからというものエルには言葉や人間社会について教え込んでいたのだが、意外と覚えは早く、今ではすっかりその辺の人間と違いが分からない程度には社会に適応している。

「詩織がご飯作ってくれてる。食べよ」

「お、いいね〜」

2年前のあの日から休みの日は基本的にはエルに物事を教える為に時間を使っている。

「お、リトルスター見てたんだね」

「うんっカッコいい…!」

俺が起きるまでの間、テレビに繋いだプレーヤーから見れる動画配信サービスで再生して見ていたようだ。

言葉などを覚えさせる上でテレビの存在はありがたかった。特にアニメは俺も見てて楽しいからよく一緒に見ている。中でも小さい星が色んなキャラクターの為に孤軍奮闘するアニメ【リトルスター】はエルのお気に入りだ。

俺はテレビで流れるそれを横目にささっと着替えを済ませると、エルが示し合わせたかのようにテレビを消した。

「今日はご飯食べたら近くのショッピングモールでも行こっか」

「うん」

話しながら部屋を出て階段を降りる。

「煮物!」

「お、今日は煮物かー」

エルは普通の人間よりも鼻が効くようで、いつも食事の時間が近くなるとソワソワしている。

リビングのドアを開け入る。机の上にはまさにエルが言っていた通り煮物があった。

「当たってる。さすがイイ鼻してるね〜。あ、詩織さんおはよう」

「あらおはよう、今日はいつもよりも早く起きたみたいね?」

「エルに起こされちゃったからね」

「起こしちゃダメだった?」

そう聞き返すエルは少ししょげている様子。

「そんなことないわよ〜?むしろ毎日キチッと起こしてくれる方がありがたいくらいっ」

「そうなの?」

「いや、夏休み中はそんな早く起こさなくていいから」

エルになんでも教えると全て実行してしまいそうで恐ろしい。詩織さんはそれをいいことに楽しんでいるみたいだけども。


《次のニュースです。昨晩、○○県の××駅付近で男性が暴れ出す事件がありました。怪我人は3名出ています。これで同様の事件は9件目となり…》

詩織さんの作ってくれた煮物をおかずに炊き立ての白米を頬張っていると、最近よく見かけるニュースに目がいった。

「またか、しかもコレこの近くじゃん」

「そうね…エルちゃんも気を付けなきゃよ?」

「分かった」

「なんかネットだと麻薬とかが原因なんじゃないかって言われてたりするみたいだけど」

「ほんと、随分と物騒な世の中になったわね…」

最近多くなってきたニュース、原因の特定が出来ておらず警察も動くに動けないらしい。

「ご馳走様でした〜」

食器を片付け、食後の楽しみに冷蔵庫に忍ばせてあったアイスを…

「あれ、ここに入れてあったアイス知らない?」

「ん?私は知らないわよ」

「エル〜?」

「……ごめんなさい、お腹空いてて食べちゃった」

分かりやすく落ち込むエルを見て申し訳ない気持ちになってしまう。さすが元ハムスターなだけあって生き物が持つ本能には逆らえないのだろう。

「はぁ…ほんと食べるの好きねぇ…後で帰りに追加のアイス買ってくるかぁ」

それを聞いたエルの表情は笑みを浮かべていた。なんとも分かりやすい。世の中の人間が皆こうだったらもっとマシな世の中になりそうなものなのに。

「私も、一緒に行くっ」

「あいよ」

3人が食べ終わった食器を早々に洗い終え、出掛ける準備をした。


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相変わらず日差しが強い。隣にいるエルは暑さにはどうやら強いようで平然としている。

「あっちぃね」

「うん、暑い」

そうは見えないけどな?

「あ、これ」

「ん?クレープ食べたいの?」

「うん」

キッチンカーの前を通ると、その中からしてきた甘い匂いにエルが釣られていく。

エルは基本的になんでも好き嫌いなく食べてくれるので料理をたまにだが作る側としてはありがたい。

「まぁ詩織さんから晩御飯のお駄賃少し多めに貰ってるし、食べていっちゃうか」

「じゃあっ…これ!」

「あー…すいません、濃厚チョコブラウニーイチゴカスタードクリーム1つと、カスタードチョコ生クリーム1つで」

えらく長い名前のクレープを注文をすると店員がキッチンカーの中で調理を始めた。クレープ生地のほのかに甘い匂いが香り、その匂いに反応して小腹が空いてきたのを感じた。

「はいこっちがチョコブラウニーの方ね〜」

「ありがとう」

そっけないお礼だが、2年前からしたらだいぶ進歩している。まだ感情を表現するのが下手だが、会話は問題無く出来るレベルになった。ここまで来るのに詩織さん共々中々に苦労したものだ。

「はいこれがカスタードチョコ生クリームね」

「あ、すいません、ありがとうございます」

「なんで謝ってるの?」

エルが不思議そうな顔をしてそう言う。

「んー…"すいません"って謝るのに使うだけじゃなくて、お礼だったり、ちょっと失礼します、みたいに使ったりもするんだよ。分かるようになるまで難しいかもしれないけど」

「…そっか」

前にもこのことは教えたことはあった気がするが、まぁ1度に全部覚えられるとは思っていない。そんなことが出来たらソイツは天才か何かだろう。それでも物覚えはかなり良い方だと思うのでありがたい。

「とりあえず座れるとこ探すか」

「うん」


「ひ、ひぃいぃぃいぃぃぃぃッ!!!」

近くのベンチに座ってクレープを食べていると男の叫び声が聞こえた。

「えっ、何かあったんかな?」

その声に少し驚いてしまったが、エルはあまり気にしていない様子。こういうところはまだ人の感性とズレているのかもしれないと思う。

「気になる?」

「そうね」

何かあると気になってしまうのは人間の性なのだろうか。声のした方へ足早に向かうと、そこでは1人の男がうめき声を上げながら周りの物に殴りかかったり突進している。その奇行のおかげか周りにいた人達はある程度距離を取って離れていて怪我人などはいなさそうだ。

「もしかしてニュースの…」

その光景を見ていると、突然その男がこちらに向かって常人離れした速さで走り出す。およそ予想していなかった動きに不意をつかれたせいで俺の足は動かなくなっていた。

「ウァアァオォオオオッ!!」

うグッ…………ん…?

命の危険を感じ咄嗟に目を閉じてしまったが、その思惑とは裏腹に自分の身体には何も起きていなかった。恐る恐る瞼を開くとその光景に驚愕した。

エルが目の前に立ち、その男の腕を掴み止めていた。

「え…?」

するとエルは男を振り回すように軽々と投げ飛ばした。

「亮に酷いことする人、ダメ」

倒れた男はウゥッとうめき声を上げながら立ち上がろうとする。あれだけ飛ばされてなんてタフなんだ…

「悪い人…」

エルがそう小さく呟く。次の瞬間その姿は消え、気付いた時には立ち上がろうとする男の腕を掴み、身体ごと地面に押さえ付けていた。

あまりに一瞬のことで理解が追い付かない。何故こんなことが出来たんだ?

そんなことを考えていた束の間、警察官がやって来て暴れていたその男をエルに代わり2人がかりで腕を組む形で連行していった。

警察官に男を受け渡した後、小走りでこちらに向かって来る。そして何事もなかったかのようにしているのを見て安堵した。

「大丈夫だった?怪我とかしてない?」

「だいじょぶ」

「なら良かったよ……えっと、さっきのって…何をしたの?」

そう聞くと少し首を傾げ困った様子をしていた。やはり本人も分かってないんだろうな。

「亮を守りたかったの」

「うん、それはありがとね」

内に秘めた力とか、まぁハムスターから人になった時点で何があってもおかしくなかったろうし、そんな力が備わっていたとしても不思議ではないだろう。

「とりあえずまた詩織さんに相談かなぁ」

「ちょっと君達、良いかな?」

「あ、はい」

さっきの人達とは別の、細い目をした顔が特徴的な警察官が話しかけてきた。おおかた事情聴取とかだろう。

「さっきの男性をあなたが取り押さえてたみたいだけど、大丈夫だった?」

「だいじょぶ」

「そっかそっか、でもよくあれを抑え込めたよね。鍛えてるとか?」

「ううん」

「へー…それであれだけの力があるなら元から凄い力があるんだねー!」

警察官の質問にエルが単調な返事を返しているのを横目で見てるだけで何だが、この人…物腰が柔らかそうな雰囲気で一見良い人そうに見えるけど、そんな返答で納得しちゃうのはちょっと単純過ぎるような気がする……

「あ、そろそろ行かなきゃ、ありがとね!」

そう言うとその彼は慌ただしく去っていった。ここ最近はさっきのような事件があっちこっちで起きてるせいで実際忙しいのだろう。

「クレープ…」

「あ、あぁ…さっきので落としちゃったのか。また買い直して新しいの食べる?」

「ん!」

ついさっき来たばかりの店で改めてクレープを買い直すと、それを食べ歩きながら家へと帰った。


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「そんなことが…ねぇ」

家へ帰ってきてから事の顛末を詩織さんに話したが、やはりというかなんというか難しそうな顔をしていた。そりゃ誰だってこんな話をされたら理解に苦しむはずだ。

「うん、前に身体を検査してもらった時には特に変わったことは無かったし、今までもそんな突拍子もないことは起きてなかったんだけどね……クレープ食べてパワーアップ!みたいな?」

「それならもっと前々から同じような事が起きてるはずでしょう?」

「ですよねぇ」

冗談っぽく言ってはみたが、そんな簡単な話ではないのは自分でも分かっている。

「……まぁ考えてても分からないし、私の方で色んな人に聞いてみるわね」

「うん、申し訳ないけどお願いしますー」

「それにしても、エルちゃんほんと凄いわねぇ。ニュースで話題の暴走人間を投げ飛ばしちゃうなんて」

「ふふんっ」

俺の横で分かりやすく嬉しそうにしている。こう褒められて誇らしげにしているところを見るとまだまだ子供っぽいなと思う。見た目は大人の様相だが、実際のところ人になってから数えても2歳くらいだし、いくら物覚えが良くても考え方がまだ子供なのは仕方ない。

「でもあんまり危ないことはしちゃダメよ?」

「どして?」

「それでエルちゃんが怪我でもしたら大変でしょう?」

「でもみんな喜んでた」

それを聞いた詩織は少し呆れた様子だった。

「それでもダメなものはダーメ」

「そうだよ、ああいう時は警察の人に任せるのが一番なんだから」

「んー」

納得出来てなさそうだが、これもエルの為だ。今は分からなくても時間が経てば分かるようになっていくだろう。

その後、夕食を済ませると、珍しくエルが1人で外に出ていくのが見えた。

「あれ、エル出かけるみたいだけど、詩織さん何か聞いてる?」

「いいえ、特には聞いてないけれど…お散歩とかじゃない?」

「そっかぁ」

何となく自分の中で引っ掛かるものがある。恐らく夕食前の会話のせいだろう。

「…心配だからちょっと俺も付いて行くね」

「分かったわ。気を付けてね」

そう言って外に出ると、様子を見るため見つからない様に少し離れた位置からエルを付けて行った。


何かを探すかの様にキョロキョロと辺りを見渡しながら人気の少ない夜道を歩き回っている。

こういう夜道は女の子1人じゃ危ないって後で教えておかないとな…

しばらく歩いて行くとエルは突然立ち止まり、暗い路地裏の方をじっと見つめていた。何かあるのか…?

するとその路地裏の方へとゆっくり歩いて行くので、俺もその後を付けて行く。やがて何かを殴打する様な音が聞こえ始める。しばらく歩いたその先の光景を見ると何をやろうとしているのかが分かった。

そこでは男がひたすら車に対して殴る蹴るを繰り返していた。これは恐らく例の暴れ出す症状だろう。

そして理由は分からないが、エルはそんな暴れる人探していたということだ。

流石に近付かれると危険だ。

「エル、それ以上は…」

その呼びかけでエルがこちらに振り向いた瞬間、少し先で車に攻撃をしていた男も気付いたのか、突然エルの方へ向かって走り出す。

「後ろッ!!!」

「えっ」

その必死の声も虚しく、男が突っ込んでくる姿を見たエルは恐怖からかその場で一歩も動けずにいた。

「くっそぉおおおおッ!!!!」

気付くと俺は無我夢中で走り出し、エルを押し出す形で庇っていた。

次の瞬間、俺の身体は強烈な突進で突き飛ばされていた。

数メートル先へ飛ばされ転がり倒れる。身体中が痛み、意識が朦朧とする。これは、やばいかもしれない…

エルの泣く顔がぼやけた視界の中で見える。

「おぃ……なに……てる………ぉ……」

知らない声が聞こえる。誰か来たのか?

激痛が走る中で意識はどんどん遠のいていく。

消え入る意識の中で、エルの安否だけが唯一の気掛かりだった。

「エル…逃、げ………」

そして眠るように意識が遠のいていった。


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「ぃつッ…」

全身の痛みで目が覚める。瞼を開くとそこには見慣れない白い天井。

「病…院……?」

左手に何かが覆いかぶさってる感覚があった。

「ん…エル?」

椅子から上半身をうつ伏せにして寝ていた。

それよりさっきの…エルが無事ってことはまたあの力で何とかなったのか…?

頭の中で考えていると詩織さんがベッドの周りを覆い隠したカーテンを開き入ってきた。

「あっ、目が覚めたのね…良かったぁ……」

少し泣きそうな表情をしている様にも見える。よほど心配をかけてしまっていたんだろう。

「ごめん」

「そんな、謝る必要は無いわ。事故に巻き込まれてしまった様なものだし。まずは無事を喜びましょ?……丸1日寝込んでいたからほんと心配したのよ?」

夜にあったことをついさっきの出来事と思い込んでいたが、それから時間はだいぶ経ってしまっていたらしい。

「そんなに寝ちゃってたんだ」

「ええ、ぐっすり気持ち良さそうに寝ていたわ」

詩織さんが俺が寝ていた時を思い出してかふふっと笑う。まさかとは思うが何か変なことされてないよな?

「んっ…ふぁ……」

俺と詩織さんが話をする声でエルが目を覚ましたようだ。

「おはよ」

「んー………亮!起きた!!」

寝ぼけた顔から一転、一瞬にして晴れやかな表情へと変わった。

「いや、今起きたのは俺ってよりもエルだけど……でもまぁ心配かけさせちゃってごめんね?」

「ううん!……でも……」

そう言いかけたところで少し表情が曇る。

「ごめんなさい。エル、亮に怪我させちゃった」

「あぁ、勝手に付いて行った俺も悪いし、気にする必要は無いよ」

「……うん」

「でもああいう危険な事はもうしちゃダメね?まだ助かったから良かったけど、2人して死んじゃってたかもしれないんだから」

「うん……もうしない」

そう返事をしてエルは俯いて黙り込んでしまった。

「あ、亮くん。お医者さんが言うには、打撲はたくさんあるけど骨が折れたりとかはしてないみたいだから、治るのにそこまで時間はかからないと思うって言ってたわ」

短い沈黙の後、暗く重い空気を詩織さんの一言が和らげてくれた。

「そっかそっか、それなら一安心だね」

とは言いつつ痛みでまだまともに動けなさそうだからしばらく安静にしておく必要はありそうだ。

エルが今までにない落ち込み方をしているのが少し気掛かりだけど、美味しいものでも食べて、しばらく時間が経てば元気になってくれるだろう。


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病院で目が覚めてから2週間経ち、最初の3日間くらいでひとまず退院は出来たが、身体の痛みが無くなってきたのはつい最近のことだった。

この日は近所のショッピングモールで詩織さんの買い物に付き合っている待ち時間に、以前の様にエルとクレープを食べていた。

「エル、何のためにいるのかな…」

「いきなりどした?」

珍しく食べる手が止まっていると思っていたところでそんなことを言い出すものだから、恐らく前のことをまだ気にしているのだろう。

「うーん……みんな自分が何のためにいるかなんて分からないし、その時その時で出来る限りのことをすれば良いと思うよ?」

「よく分かんない……」

「まぁ、なるようになるよ」

なかなか表情は晴れないが、これも時間が解決してくれると信じよう。

「お待たせ〜!久しぶりにお洋服いっぱい買っちゃった〜!はいコレ持ってて」

今日はエルと一緒に詩織さんの買い物に付き合っているのだが、買う量が凄まじい…

「うわっ、紙袋いくつあるの」

「いいのいいの、今日は自分へのご褒美なんだから!」

買い過ぎてしまうのも普段忙しい分の反動みたいなものかもしれないな。

「エルちゃんもお洋服買いに行く?」

「ううん」

「そっかぁー…じゃあ満足したし、帰りましょうか?」

クレープを急ぎ食べ終え包み紙を捨てた後3人でショッピングモールを後にしようとしたその瞬間——————

ドゴォォオオオオオオオンッ!!!!!

強烈な爆発音。その後すぐ耳に入ってきたのは爆発でパニックになっているであろう人々の悲鳴だった。

目の前からは逃げ惑う人の波がこちらに向かってくる。そしてその人達の背後には、フードを被り周りに炎を纏った人の姿があった。

「アレが元凶…どうなってんの?」

「分からないわ…とにかく私たちもここから離れましょう!」

「ほらっ、行くよ!」

エルの手を掴み、人の波の合間を縫って出口へ向かう。

「きゃっ…うーぅ……」

その声を聞き振り向くと、小さな女の子が転び、家族から置いていかれてしまう光景が目の前に飛び込んできた。

「あの子!あのままじゃ火傷しちゃう!!!」

そう言ってエルは俺の手を振り払い倒れる少女を助けるために走り出した。

「エルッ!!!!」

後を追うように俺も走る。だが炎はすぐ近くまで迫っていた。

「だいじょぶ?」

「ぅん…」

エルが少女を起こし上げ立たせる。

「詩織、この子をお願い」

「ええ…でもエルちゃんも早く逃げないと…」

「エルがあれを引き付ける。その間に逃げて」

不安と信念が入り混じった様な表情をしたエルは炎に向き合う。

「それじゃエルちゃんが危険よ!」

「なら、俺が一緒に行くよ。逃げ遅れてる人がまだいるだろうから、少しでも時間を稼がないと」

この状況で子供を連れて逃げ切れる保証は無い。それなら少しでも時間を稼ぐしかない。

それを聞いた詩織がでも…と続けるが、俺とエルが真剣な眼差しで訴えかけると諦めたような表情でため息をつく。

「少しでも危なくなったら全力で逃げるのよ?怪我でもしたら…何でも言うこと聞いてもらっちゃうんだから」

冗談混じりなその一言のおかげか緊張が少しは解れた。

「ありがと、分かってるよ。俺達も少しの間だけ引き付けたらすぐに追いかけるから……エル、行こう」

「ん!」

詩織さんに少女を任せ、エルと共にこちらへ迫り来る炎の中心に向かって走る。

「とりあえず…何か投げたりして人がいない方へ注意を逸そう」

「分かった」

辺りに散らばり落ちている売り物だった雑貨や日用品などを炎の中心に向かって投げ入れていく。

「こっちだーーッ!!!」

思惑通りに付いて来るので、人気の無さそうなショッピングモールの奥へと誘い出す。

「よしこの辺まで引き付ければ、後はここから離れるだ……け……」

言いかけたところで気が付いた。炎の発生源ばかりに気を取られ、他の場所から火の手が回り逃げ場が無くなっていたのだ。

「くそっ……どうするか…どうする……」

頭をフルに働かせるが、炎に突っ込んで逃げるにしても無事でいられるかは分からない。

万事休すか……

必死に考えていると、こちらに向かって炎が放出される。しかし咄嗟に身体が反応が出来ず、立ち止まったまま動けなかった。

「亮ッ!!!」

「うッ」

炎は俺の右腕を掠め、熱で焼かれた箇所には激痛が走る。だが同時に痛みによってか頭の中で以前のことがフラッシュバックしていた。


———クレープ食べてパワーアップ!みたいな?

———それならもっと前々から同じような事が起きてるはずでしょう?


そうだ、あの時……初めて暴れる人と遭遇した時にあったもの……

そして、エルの力が発揮出来なかった2回目の遭遇の時には無かったもの……


クレープ、か……?でも今そんなの無いし……甘いものならもしかしたら……


「亮…亮!!だいじょぶ…?」

エルは酷く動揺し今にも泣き出しそうになっている。

「えと、えと…あっ…ごめんなさい……エルがこんなことしなかったら…」

前に俺が怪我をした時のことをかなり気にしていたから、また俺が怪我をしたことで余計に動揺してしまっているのだろう。

「でも、あの女の子の為にしたことでしょ?」

「……うん」

「俺は大丈夫だから……ありがとね」

手のひらで頭をポンとすると、抱き付いてきた。

「エルも、エルもありがとだから」

どうやら落ち着きを取り戻してくれたようだ。

「っと、今はとにかくこの状況をどうにかしないと」

「ん」

小さく頷くと覚悟を決め真剣な表情に変わる。

「一か八かだけど……エル、俺のこと信じてコレを食べてみて欲しいんだ」

ダメで元々、そう思いながらポケットの中に忍ばせていた飴をエルに渡す。

「え、うん…」

少し戸惑った様子。そりゃいきなりこんな状況で飴を渡してくる意味なんて分からないだろう。

「前に凄い速さで動けてたの、もしかしたらコレで…」

そう言いかけた瞬間、エルの姿が消えた。いや違う、炎の動きで分かった。

何かが通り抜けた様に分断されていく炎。その様子だけで容易に予想が出来た。消えたわけじゃない……エルはとてつもない速さで動いているんだ。

その走る速さにより発生した風で、周りを囲っていた火の手を瞬く間に消火してしまった。

「す、すげぇ……」

まるで映画でも見ているかの様な光景に思わず声を漏らしてしまう。

「これなら…!」

足を止め腰を落とした構えのままエルが小さく呟くと、放出される炎を避けつつ間合いを詰め、その中心にいる人に近付いていく。

「いけーーー!!!!」

俺の声に呼応するようにエルが対象との距離を一気に縮め、遂に捉える。フードに隠れた相手の顔目掛けて右手拳で一撃をお見舞いすると、相手は後方へ吹っ飛び、放出されていた炎が鎮火された。

起き上がってくる様子はない…気絶したのだろうか。

「あぁ…良かった……ッ!」

エルの元へ走り、喜びのあまり彼女を抱き抱えようとしたが右腕の痛みで我に帰る。

「いっ…つつ……というか、どんなやつがこんなことを…」

そう言って仰向けで倒れ込んでいるその人に近付く。そしてフードをどかそうと手を伸ばすが、その瞬間倒れていたその人は目を覚まし、勢いよく起き上がると咄嗟に後ろに飛び退く。

「…いってぇ………なんだよ……」

起き上がった勢いでフードが捲れ取れると、その下から金髪に緑色の目をした顔を覗かせこちらを睨んでいる。

さっきまでの荒れ狂っていたような気配は無くなったが、しかしどこか落ち着かない様子に感じる。

「えと…キミは一体……?」

「クソッ……またか……」

「あ、ねぇ!」

その彼は独り言を呟くと突然走り出し姿をくらませてしまった。

「なんだったの………はぁ、まぁ今はとにかくエルが無事で良かったよ…」

「でも……亮の腕……」

「あぁ」

このおかしな状況で痛みを忘れてしまっていた。気にし出すとまた痛みを感じるようになってきた。

「こりゃ、痛いね…ははっ……これじゃ詩織さんに怒られちゃうな…」

俺が冗談っぽく言ったその一言でエルがクスッと笑う。こんな状況もあってか、普段表情が変わらないその彼女を笑顔を見て、とても、とても愛しく思えた。


——————————————————————————


人気の少ない路地裏で、金髪に緑色の瞳の青年は項垂れていた。


ったく…なんなんだよ……また、あんなこと……


疲労感と空腹でろくに立ち上がることすら出来ない。


どうすりゃ良いんだよ……母さん……


意識が遠のき、ひっそりとその場で眠ってしまうのだった。


——————————————————————————


あの後すぐ病院へ行き手当てをしてもらったが、右腕はしばらく火傷が残るとのことだった。初めのうちは動かすのもしんどい状態で、ご飯時はエルに食べさせてもらっていた。俺に食べさせるのが楽しかったのか嬉しかったのか、腕が思い通りに動かせるようになってからしばらく食べさせてこようとしていたのは少し困ったものだったが。

そうして濃厚でバタバタな毎日がありつつ夏休みも終わりが近付いていた。

「そういえば、亮くんは進路とか考えたの?」

詩織さんに痛いところを突かれる。正直何も考えていなかったというのが素直なところだ。

「んー、まぁ……どうだろうね」

「どうだろうって、自分のことでしょ〜」

もうっ、と呆れたような顔をしている。

「……なら、エルちゃんと一緒に私の仕事を手伝ってみない?」

「え?」

意外な質問に驚く。そもそも詩織さんが何をしているのかを知らないし、手伝うといっても何をするのかさっぱりだ。

「ふふ、明日2人を面白いところに連れて行ってあげる」

一体どこに連れて行かれてしまうのか……


次の日。昼食を済ませた後、詩織さんの運転する車にエルと乗り込む。

「あ、一応これから行く所にある物に触ったりするのはダメよ?」

「うん、分かったけど」

「はーい」

エルは相変わらず呑気にしてるが、こういう時にそのマイペースさが羨ましい。こっちは内心どこに連れていかれるのかドキドキしてるっていうのに。

しばらくスマホをいじりながら車に揺られていると、広々とした駐車場で停まった。

「ここって……」

「んふっ、私の職場よ。まぁまだ建設中だから仮職場って感じだけどね?」

車から降りると目の前にはそこそこ大きな建物。外観は一部工事中で、横に広くちょっとしたデパートのように見えた。

「結構でかいね…」

「まぁね〜」

中に入ると、詩織さんが入り口で守衛らしき人にカードを見せる。

「こっちよ」

まだ内装も工事中といった様子でビニールなんかが貼り付けてあったりしている。

エスカレーターやエレベーターはまだ動いてないらしく、階段で2階に上がっていくが、これが中々にキツい。

「あら、こんなことでバテてちゃ先が思いやられるわね〜」

ふふっと笑いながらそう言うが、中々に距離があるもんだから、むしろ詩織さんの体力が凄いのでは…

それに先が思いやられるって俺は一体何をさせられようとしてるんだ…?

廊下を歩いていくと詩織さんがドアの前で止まった。

「ここよ」

そう言ってドアを開け中に入る。そこはパソコンがいくつか並んだ会議室の様な部屋で、中ではいかにも偉そうな雰囲気をしたおじさんとメガネをかけた黒髪のお姉さんが待っていた。

「おはようございます、高岩さん」

「ああ、その2人が例の?」

「ええ、そうです」

この偉そうなおじさんは高岩さんって言うのか。

「初めまして、この【SSSatellite】(サテライト)で長官をしている高岩 慶次郎です」

「あ、えっと初めまして、沢城 亮です。それでこっちがエルって言います」

「よろしく」

「あっ、ちょっ!こういう時は、よろしくお願いします、だから」

友達感覚な挨拶を慌てて訂正する。知らない人とあまり話したことが無かったから仕方ないのだが、この人が偉い人だったらかなり失礼なことをしてしまっているだろう。

「はっはっは、いやいや気にしなくて大丈夫だよ。亮くんとエルちゃんだね、よろしく」

意外とフランクに話してくれて驚いた。

高岩さんは見た目から厳しそうなイメージがあったけど、それとは裏腹に気さくで感じの良さそうな雰囲気があって少し安心した。

「ほら、橙子も」

「あぁ…あの、私、研究開発部門担当で、橙子…大野 橙子って言います……よろしくお願いします」

詩織さんが催促したことで忘れてたかのように自己紹介をしてくれたこの大野さん。引っ込み思案だったりのするかな。

というか大野って…

「よろしくお願いします。その、苗字が大野って」

「んふ、私の妹なのっ」

「あーやっぱり」

通りで同じ苗字をしてると思ったらそういうことだったのか。言われてみれば顔とかもどことなく似てるような…そうでもないような…

「詩織くんも橙子くんも優秀で助かってるんだよ」

「そうなんですね。というかそもそも詩織さんは普段ここで何をしているの?」

このSSSatelliteと呼ばれる組織が何をしているのかすら知らない状態だ。

「ん?詩織くん、ちゃんと説明していないのかい?」

どうやら高岩さんはもう既に俺達が全て分かった上で来ているものだと思ってたんだろう。

「ええ、しっかり自分の目で見てもらった上で説明しようと思っていたもので」

「そうか…ならば私の方から教えてあげようか」

「是非、お願いします!」


———【SSSatellite】は巷で騒がれている、突然暴れ出す人々…我々はこういった人間のことを【暴者】(ぼうじゃ)と呼んでいて、それらの調査や対応を専門としている。

君達も既に体験したと思うが、暴者と直接のやり取りをすることもあり危険が付いて回る。

もちろんそういった対応だけじゃなく、暴者予備軍とでも呼ぶべき者を監視・調査することも仕事の一つだ———


「なるほど。最近増えてきてる、その暴者、ですか?の対応を俺とエルもしていくってことですか?」

「それは君達が決めると良い。恐らく詩織くんもそのつもりでここへ連れて来たのだろうし」

「ええ、仰る通りです。亮くんもエルちゃんも選択肢の一つとして、私達と一緒に世の中の平和を守っていく道があるということを言いたかったのよ」

いきなり言われても正直実感が湧かないが、自分に出来ることがあるなら…とは思う。

「あの、俺」

「エル、やる」

「え?」

「役に立てるなら、やりたい。もっとみんなの役に立ちたい」

俺が言いたかったことを先に言われてしまった。

だけどエルもエルなりに思うことがあるからこそ自分の力を活かしたいと考えているのかもしれないな。

「あの、俺も……何も出来ない自分はもう……」

エルに助けてもらってばかりじゃ駄目だ。こんなんじゃ、カッコつかないままじゃないか…

「ちゃんと、自分の力で誰かを助けられるようになりたいんです」

「そう、分かったわ。それでよろしいですか?」

高岩さんが優しそうな顔で静かに頷く。それを見た詩織さんも心なしか嬉しそうだった。

「じゃあ、亮くんの高校卒業に合わせて2人が所属出来るように手続きをしておくわ。ふふ、これから覚えてもらうことが多いからそのつもりでね?」

「大変そうだね…でも」

「頑張る」

エルが自分からやりたいと思えたことなんだ。やるからには俺も一緒に頑張っていかなきゃだよな。

「うん、だね。2人で頑張ろう」

「まぁ、2人が所属する前までには間に合うだろうけど、まだ組織として設立前なのよねぇ」

「え」


新たな組織SSSatelliteの一員として覚えることもやることも多いだろうけど、エルと一緒ならなんだって出来る。

そう、どんなことがあっても一緒に……


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———2年後———

「ひ、ひぃいぃぃいぃぃぃぃッ!!!」

人気の少ない道で男が叫ぶ。その後ろからは、周りにある物を殴り暴れ回りながら追いかけて来る暴者の姿。

男は必死に走り逃げるが、足元の段差に気付かず転倒してしまう。

暴者はすぐさま追い付き男に殴りかかろうとする。

「ウァアァオォオオオッ!!」

「うグッ…………ん…?」

命の危険を感じ咄嗟に目を閉じた男だったがその身には何も起きていない。

恐る恐る目を開くと、そこには相手の拳を軽々と受け止める白い髪をした少女の姿。

少女はそのまま相手の腕を掴みそれを背中に捻り回し拘束する。

その光景に唖然とする男。

「へぁ……き、キミは一体……?」

「私は…SSSatellite所属、リトルスター」

「リトル…スター……」

そう名乗ると少女は暴者と共にとてつもない速さで去っていった。

「あれは、なんだったんだ」

まるで流れ星のように去っていってしまった少女リトルスターは今日も世界を守っていく。


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SSSatellite(サテライト) あとり @atoyr0706

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