120.おうさまだぁれ?


 沢山の者たちが忙しなく働く昼下がりだというのに、会話が止まるたびその室内は静寂に包まれた。


 部屋を整えるときに使われたのであろう高貴な香りが微かに残る、花も飾りもない、窓もない簡素な部屋にあるものは、ソファーとテーブルの応接セットだけ。


 天井から下がるランプは、お茶の器ひとつもないテーブルを中心にして部屋を照らし、テーブルを挟み座る二人の男性に影を作った。


 身分差を考えれば、おそらくそれは一方にとっては大変不敬な状況である。


 でももはや、彼らの立場は逆転しているよう。



 若い方の男性は部屋に彼を招き入れてからずっと背筋を伸ばしていた。

 こちらの方が余程臣下の様子だ。


 しかしそれだけピンと胸を張っているにも関わらず、そこに怯えや緊張は感じられず。

 ただ彼の前では気が緩むことは許されていないというように、伸ばした背筋に乗せる顔に張り付けた双眼は恐れを知らず真直ぐに目のまえの男を射抜いた。


 対して、見目若々しくも若者よりは幾分か歳を重ねてきたであろう男性は、ソファーの背もたれに身を預け大層リラックスした姿勢で、時に笑顔を見せながら、自分の子にそうするように先から楽な調子で語っている。



「あなたはもっと王女を愛しているものと思っていたね」


 レイモンドがそう切り出せば、は視線を揺るがすことなく微笑んだ。

 そして断言した。


「もちろん愛していましたよ」


 ふわりと柔らかく、手の掛かる子相手にそうするように笑ったのも、レイモンドだ。


 この国の王や王弟は、息子というには無理がある年齢だけれど、レイモンドにとっては近しい存在だった。

 彼らの幼少期を知っているからだ。

 だからどうしても、息子たちにそうするように、レイモンドは諭すような態度を示してしまう。


 たとえそれが、息子たちを長く苦しめた原因となる相手だったとしても──。

 今やその背景を知っていれば、多少は同情するところもあったからだ。


 そのうえ最近のレイモンドは、娘と思う心の幼い少女と長い時間触れ合っている。

 するといつもしている振舞いに無意識のうちに引っ張られた。


 しかしそれでも、許そうというのではない。

 許しているならば、レイモンドはここにいないのだから。


「それでもあなたは、彼らに守らせなかった。いや、彼らにはとてもだけかな?それともかい?」


 北のかの地に流された王女の側に、かつての第二王子が率いた彼らが付いていなかったわけがない。

 王女が王族である限り、彼らは必ず側にいて見守っていた。


 それを見守っていたと言っては、語弊があろうか。


 彼らはいつも王族を監視して、身勝手にも見定めていたのだから──。


「その答えが必要ですか?」


 王弟はただ静かにそう聞いた。

 今さら知ったところで結果は変わらないと言いたいようだ。



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