116.こどくなおうとはかりごと③


 王家の威信、栄光、繁栄のためにある存在として。


 彼らは個で動くわけにはいかないから。


 彼らが崇拝してやまないという形を整えるためだけに、裏の王は存在している。


 そんな彼らのために用意された裏の王は。

 国のためでもなく、王家のためでもなく。


 命じている。


 すべては彼らが望むまま動けるように。



 つまり本当のところで、彼らは王家に忠誠を誓っているわけではなく。

 彼らの行動理念のために、存在意義のために、王族を必要としているだけ。




 そうでもなければ、幼くして個人の考えを封じられる理由があるか?


 王族の子どもだ。


 裏のことを抜きにしても、現王の第二王子で、次代の王弟になる存在である。


 もし本当に彼らが王家自身を崇拝しているならば、その個を大切に守るはずであろう。



 しかし彼らは私にそうしなかった。



 幼い私は彼らの指導内容には疑問でいっぱいだった。

 拙くも自分の考えを伝えたことは何度もある。


 しかし彼らは、明確に私を諭す理由を持ち得ていなかった。

 裏の王とはこのように考えるものです、と言い切って、私個人の考えを封じるのだ。


 彼らの考える理想の裏の王として洗脳したいがゆえに、幼い頃から教育しているのだろうと。

 まだ子どもだった私がそのように結論付けられるほどに、彼らの教育は筋の通らぬ、無理やりな内容だったのだ。


 ある意味彼らの方こそが、長い歴史を経て驕っていったのかもしれない。

 歴代の王たちをも断じることが出来る、それはこの国の最高権力──。



 個人の意思さえ封じれば。

 彼らも、そして裏の王も。


 驕り高ぶり間違える、ということは起こらないと、彼らは信じて来たのかもしれないが。


 しかし個人の意思など。

 他者が完全に封じられるものではなかろう?


 確かに彼らと接しても、個人の意思は持たないように感じられるし、誰よりも彼ら自身が自分には個がないと信じている様子であるが。


 私には、個をなくして人間が存在出来るとは思えなかった。


 そこに個は確かに存在し、彼らはただそれを認めぬように、王家を崇拝することに集中して生きているだけに思えたのである。


 それは私自身も同じだ。



 幼いうちに個を排除することで、理想の裏の王として、彼らの上に君臨して欲しかったのであろうが。


 あの叔父だって個としての性質もさることながら、言動の節々に個を封じようとする彼らへの不満を感じられたものだった。


 あの最期のときに叔父がどこか嬉しそうに見えたのも……。


 不当な役目からの解放を喜んでいたのではないかと思えてくる。

 あるいは私の考えを読んで、未来を愉快に描いたのではないか。



 歴代の裏の王がどうしてきたかは分からない。



 しかし叔父もまた、先々代の裏の王から学んだものがあるとすれば。


 裏の王もまた、彼らを上手いこと利用してきていたのではなかろうか。

 それぞれに彼らの求めぬ個をその内に隠しながら──。



 彼らは奇妙なことに、裏の王を心から崇拝したいとも願っている。

 自分たちで理想となるよう教育した裏の王をだ。


 それもやはり、王族のために生きている証明としたいのだろう。


 だから彼らは、教育して出来上がった理想的な裏の王を越える、もっと素晴らしき裏の王を求めている。


 個を封じながら、特別な個を求める。

 その矛盾だらけの思想が、私たちに部分的な自由を与えてきたのだろうと、私は彼らから教育を受けながら裏の王をしていた叔父を見て感じるようになった。


 もちろん、私もそこを利用した。

 彼らの望む、もっと崇拝出来る私を演じるよう努力したのだ。



 

 彼らの失敗は、私に生じた疑問を心から解消出来なかったことだろう。


 多くの場合に洗脳の失敗となるものは、ちょっとした懐疑心だ。


 どうして?と思えば、その答えを探し始めるのは、大人も子ども変わらない。


 教育と呼ぶにはあまりに厳しい鍛錬も受けてきたが、疑問を消すまでには至らなかった。


 痛みで支配し、眠りも与えず、考えることもままならぬ状況にして洗脳するのは容易いが、彼らの理想の裏の王がその先にいないために、私には考える余地がいつも残されていたのだ。



 これについては、理想を追い求め私の個を見ようとしなかった彼らが、判断を見誤ったと言える。

 私のような第二王子は、完全に洗脳して、個人では何も考えられないようにしておくべきだったのだ。

 あるいは私こそを早々に排除して、別の第二王子となる子を育てるべきであっただろう。



 王家を崇めながら、王家のためだと言って、王族を害そうとする。


 そんな身勝手かつ理不尽な彼らの言動を。



 私は認めていないし、許す気はない。







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