113.夢はいつから見ていた?


 獣の前で対の獣を切り刻めば、発狂した獣の壊れようはひとつの見世物。


 狂った獣が何もかも分からなくなって生きている様はおかしくて。



 親切心から共に嗅がせてやろうとも、あの獣たちは酷く怯えて楽しませてくれた。


 やめてくれ、愛が分からなくなってしまう。そんなことを言っていたか?


 はっ、獣が愛を語るなど烏滸がましい。


 幾重にも冷えていくあの瞳を見ては、いくら笑ったか。



 まだ相手のいない獣は、それだけでは楽しめなかった。


 だから家族や大切な人間を目のまえで壊してやれば。


 すべてはお前が獣に生まれたせいだと罵ってやった。


 獣を生んだ、それだけでお前の親も罪だと言った。


 獣と付き合う奴らが悪いのだと、教えてやった。


 少しは楽しませてくれるようになった。



 だけれども、どいつもこいつもすぐに虚ろな目をした廃人のようになっていく。



 廃した人間をいくら鞭打ち、切り刻んでも。


 つまらない。つまらない。



 だからあの子ども──。

 壊れ過ぎないように細心の注意を払って育てたあれは、大分愉快な存在だった。


 番相手のいる幼子は珍しく。

 これが貴族であるのも貴重で。


 大事な大事な香油の効果の実験動物。


 廃人に近付けば、反応はつまらなくなり。

 しばらく嗅がせず正気に戻してやれば、自らで壊れようとする。


 子どものくせにその反応は、目のまえで対の獣を失った他の獣らと変わらなかった。

 まだ幼くて、側に獣がいないだけだということを理解出来ないのだろうと、彼らの誰かは言っていたな。


 対の方は、あえてたまに番の匂いを嗅がせ、その存在を確認させることでまだ正気に生かしてやるのだと言う。



 対で捕えた方が楽しめるというのに。


 つまらない。


 ただ実験するだけ?


 つまらないつまらない。


 だから俺がこれを躾けてやることにした。

 壊してやる前に自ら壊れようという気をなくしてやる。


 そうしていれば、いずれあの対の獣は極上に楽しめさせてくれるだろう。


 若くして公爵位を得たあの男、ただの公爵の息子であったときから気に入らなかった。


 獣だったのだから、気に入らないのも当然。


 早く処理すべきだと、奴が獣と知ったときから進言してきた。


 それなのに甘いあの兄はこれを許さず。


 叔父ならばいずれ両方は消すつもりだからと、好きにせよと言ってくれただろうに。

 子どもの方までいつまでも生かせと言う。


 渋々と従ったのは、兄がその席にあったからだ。


 おかげで長く楽しめたところだけは、感謝してやってもいいが。


 俺の方がずっと向いているというのに。

 その身では見えぬ冠が重過ぎるだろうと。

 いつでも取って変わると言ってやっていたのに。


 あの兄は自ら椅子を空けることなく。



 俺には合わないよといつも笑って。


 は?その席に見合っていないのはお前だろう?



 十年も過ぎた頃だ。

 実験動物は返すことにした、兄が急に言う。


 せっかく躾けた獣を手離すことも、対の獣を得られなかったことも。

 悔しいとは思えども。

 

 王家の恥となる身内の獣を廃するためと言われてしまえば仕方がない。


 壊れかけだと、もうこれは遊べるものではないと己に言い聞かせて。


 

 十年の間に、よく躾けてやったのは俺だ。


 おかげでアルメスタ家も今代で終わり。

 どうせならその広大な領地を頂くか?


 それくらいの対価は貰っていいだろう?



 だが面白くない。


 つまらないつまらないつまらない。


 二代続けて獣を生んだ罪深い家などは。

 もっと早くに壊しておけば良かったのに。


 王家の血も流れる血筋良き歴史ある家を消すのは勿体ないって?


 俺が公爵として新たに立てば、それで高貴なる血筋の家は確保出来るだろうよ。


 あぁ、なんでもっと早く動く許可をくれなかった?


 どうせ近いうちに力を削ぐ予定だったと聞いていた。

 先々代の頃からアルメスタは力を付け過ぎており、叔父も目を付けていたということだ。


 そういう意味では叔父も甘かったのか?


 北のあの地まで奪われてしまったのも、どいつもこいつも甘かったせいだろうよ。


 あぁつまらないつまらない。


 つまらないつまらないつまらない。

 

 だから急ぎ分からぬように一部の獣を移動するよう言った。


 ちょうどこの良き場所を得ていたから。



 足りない分は、彼らが各地からいくらでも集めてくれる。


 これからも俺の人生はずっと楽しくて──。



「こうも伝わっていないことには、兄君を不憫に思わなくもありませんが。それも私たちが関与するところではございませんからね。十年の罪、しかとその身でもって償って頂かなければ」



 遠く声が続く。



 さぁ、さぁ、さぁ。


 あなたがすべきことはお分かりですね?



 え?分からない?



 仕方がありませんね。


 思い出すお手伝いも、今日だけですよ?



 まずは、膝を折って。


 床に這いつくばるところからでしょう?



 いけませんねぇ。


 あなたに許される発言はそれではありません。



『仰せのままに』



 思い出せましたね?



 ほらほら。

 汚いあなたが見せるものをお忘れですよ。



 言わなければまだ分からない?



 これだから汚く醜い獣は──。



 背中を出しなさい。







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