111.悦びある時間
「解毒薬がまだない、というのも本当のようですね。記録を見る限り、認識していてもおかしくはないと思っておりましたが。ただの分からぬ男だったというのは、至極残念です」
男にはまだ話が読めなかった。
「意外でしょう?あなたに関する資料まであっさりと提出してくださいましてね。だから彼については、時間を与えることにしたのですよ。ほらね、これ以上国が乱れることをお望みではありませんし。それは私たちも同じ気持ちですからね」
国が乱れているという話は、男にも理解出来た。
侯爵家や伯爵家が消えて、にわかに騒がしかった時期もまだ新しく。
急遽決まった先王の退位。そして新王は即位した。
国が大変とはいえ、男からすれば待ち望んでいた時。
ようやく兄の治世が完全なる形として始まった。
あとは新王に王子が誕生すれば。
王弟としての男の役目は終わり、元侯爵領を治める当主となる予定だった。
すでに臣籍降下する前から、この領地は男のものとなっていたのだけれど。
一応はまだ王家の直轄領という位置付けであり、王の二番目の弟としてこの地を任されているという体だったのだ。
男が計画されていた未来に想いを馳せている間にも声のお喋りは止まらない。
「おかしな話ではありますが、あなたには感謝をしている部分もありましてね。おかげさまで、私たちは順番に楽しむことが出来るようになりましたでしょう?そうでなければ、さらに壮絶な争いは必至でしたからね」
声の主はしばし間を空けて。
その空白の間に、やはり嘲笑ったように、男は感じた。
「おや?まだ分かりませんか?あなたが喜んで嗅がせてきたあれの話ですよ」
途端に慣れ親しんできた香りが強まったように感じられる。
男が意識を向けたからだろうか。
「あぁ、いけません。そろそろ今日のお喋りは終わりにしませんと。せっかくこのはじまりの席を勝ち取ってきたのですから」
冷ややかだった声の質が変わって、そこに愉悦が滲んだ。
それはこれから本当に楽しいことが始まるのだというように。
「それはもう、大変熾烈な戦いでしてね。破壊が過ぎると、恥ずかしながらも私としましたことが、お叱りを受けてしまったほどで。そのように叱咤してくださった方々も、なかなかに激しく壊されていたことには……まさにあれは魔の国の王様か女王様か……おっと。これはお喋りが過ぎたようです」
声の主は笑顔を見せているのだろう。
ぼんやりと見えない人間の顔を想像してしまった男に、なお声は掛けられた。
「では最後にもうひとつだけ。はじまりに相応しい聴取も一応はしておきましょう。番を知る皆様を壊すことは、それほどに楽しいことでしたか?」
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