104.消された歴史


 国々で示し合わせて情報統制がされてきたわけでもないのに。

 各国には王や王に準ずる者たちにしか知らされていない共通した情報がある。


 この国もまた、誰に言われたわけでもないのに。

 かねてより王と、そして影で王政を支える者たちにのみ、知らされてきた情報があった。


 について──。




 どこの国でもそれは歴史の話から始まった。


 それは遠い遠い昔のこと。

 世界中で『番を知る者』たちが主流の時代。

 知らぬ者の方がおかしいと言われていた頃の話だ。


 当時は今のような『国』は存在しておらず。

 国として正式な記録が残されていなかったことで、どうやって人々が暮らしていたか、明確には分かっていない、そんな昔のこと。


 けれども過去に遺跡から発掘された数々のものが、彼らの暮らしを明かしていた。

 番だけを愛し、番と共に生きていた彼らは、意外にも番同士だけで暮らしていたのではなく、集落のような人の集まる環境を築いて、多くの人々と関わって生きていたようなのだ。

 そこに代表者を置かずとも、上手く暮らしが回っていたことも示されている。



 この情報は後世の国が成り立ったあとの世界では、ある人々には脅威だった。

 だからある程度まで調査が進むと、遺跡は人の目に付かぬようにと破壊され、途中までの調査結果もそれぞれに秘匿とされてしまったのだ。


 こうして国の無い時代は、世界の歴史から排除され。

 世界中の多くの人々が知る歴史は、当たり前に国が存在している時代からのこととなる。


 その頃には『番を知る者』たちも減り始めていた。


 一般的には、自然に減って来たと考えられているが。

 真の理由がそうではないことを、現在に国を統べる者たちだけが知っている。


 何故なら彼らは、現代においても、その理由をあらゆる手段で実行し続けていたから。

 これまた示し合わせたわけではないのに、どの国でもそうした動きは続いていた。


 しかしだからと言って、彼らはどの時代にも決して他国とは目的を共有しようとしない。

 情報を知る彼らだからこそ、その危険性をよく理解していたからだ。



 この理由となる、彼らだけが知る消えた歴史がもうひとつ。



『番を知る者は獣であって人間ではない。それも国を乱す悪しき穢らわしき獣である』


 王がそう宣言し、国を挙げて民らと共に堂々と『番を知る者』たちを排除していった国がかつてあった。


 丸太に縄で身体を縛り付け、生きた状態で焼かれたというからには、当時は国中が狂気に包まれ誰にも冷静な判断が出来なくなっていたことは予想出来た。

 

 しかしそのようにして数を減らしていくと、当然『番を知る者』を理解する人間も減っていく。

 そのうえ同情的だった者たち、反対した者たちも、共に消されてしまっては、新たに理解しようとする人間も現れない。


 そうして彼らはもっとも大事なことを忘れ去ってしまったのだ。


 片割れを失った番を知る者たちの本能からくる狂気を──。



 その国は一夜にして人間を失った。

 国の消滅である。


 今では各国の王や王に準ずる者たちだけが得られる情報として、語り継がれるのみとなったその国が、歴史からも消えてしまった理由は簡単だった。


 片割れを失えば、彼らは必ずそのあとを追っていくから──。



 人が消えたその国は、時間と共に風化して、土の中に消えたと考えられている。

 発掘すれば出て来るものもあろうが、どこの国でもそれをしようという者はないし、今となってはその国が存在した場所を知る者もいなかった。


 それでも亡国の話は重要な情報として語り継がれる。


 それが今なお現代の王たちを戒めて制御するものであったからだ。


 だから彼らは表立っては行動を起こさないし、他国と協力するような安易な真似をしない。


 番を知る者にも、知らない者にも。

 同じ民として平等に接する清き王を皆が皆演じてみせて。


 その裏ではいかに『番を知る者』を排除するかにいつでも念頭を置きながら、これを実行し、それをひた隠して。


 やはり民らを想う善良な王を最後まで演じ切る。



 そうして彼らはこれまた示し合わせているわけではないのに、世から『番を知る者』たちを静かに静かに減らしていった。

 今では『先祖返り』とまで言われるほどに『番を知る者』が珍しい存在になりつつあるのも、彼らの成果と言えるだろう。




 しかし、彼らの静かに長く続く計画がとん挫することがある。


 王族やそれに準ずる者たちに『番を知る者』が誕生したときだ。




 階級社会を敷けば、必ずや『番最優先』の彼らは邪魔となった。

 王より番を優先されては、王政は成り立たない。


 番を知らなければ、この情報を得た者たちはすみやかに理解者となって、皆反対せずに上に立つ者の責と受け入れ非情になる。


 しかし番を知る者として生まれたら、どう感じるであろうか?


 相手と出会うまでの他者より苦しい時間においては、何もかもがどうでも良く感じて、計画実行にも意気込みは示さないし。

 それも番と出会えばすっかり忘れ。

 国よりも、民よりも、何よりも『番』が優先となる。

 番と共にあるこの至高の幸福を民から奪うとはなんたることかと憂えもするだろう。

 そして彼らは最後には、計画を言われるままに実行していたら自分の番が排除されていたかもしれないと気付いて憤慨し、計画の存在自体からなかったことにしようと動き出すのだ。


 だから長い歴史ある国々でも、途中で計画が途切れ、また『番を知る者』が数を増やしてしまうことがたびたび起きた。

 おかげで彼らは現代にも存在していられたとも言えようか。




 この国でも過去には何度も計画が中断されて、計画自体が消えそうになりながら、今も残っているのは、都度対策を整えていったからだ。


 王族に『番を知る者』が出れば、幼児のうちに排除する。

 これも対策のひとつ。


 しかしここでもまた問題は生じた。

 身内となると、排除を渋る王族が出るからだ。


 現王が『番を知る者』への理解が希薄な理由が、ここにある。

 先に影で王政を支える者たちが情報を知り、もう子をなさないと思われるそのときまで情報は伏せられるのだ。

 さらに影で王政を支える者たちの判断でそのまま無知を継続されることも容認された。

 清き良き王を演じられそうにない王の場合に、これは実行される。


 王は確かに自分の権限については知っているはずだから。

 使うと言わない限りは、それまでのこと。



 だが、次の王は違った。


 王が持つ知る権利を行使すると王太子のうちから宣言したのだ。


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