103.あの日とは変わった兄弟
「だから言ったのですよ。聞かない方が良かったでしょう?」
第二王子はそう言ってふわりと柔らかく微笑んだ。
王太子が上の弟の部屋に現れたのは、兄弟全員が揃う最後となったあの日以来のこと。
前とは違って、室内はとても静かだった。
それはテーブルを挟んで座る兄弟が互いの息遣いを聴くほどに。
「いいや。もっと早く聞くべきだった。遅くなってすまない」
「兄上に謝る理由はありませんよ。これは生まれた順による──「違う」」
以前とは顔付きの違う王太子は、真直ぐに弟を見詰めて言う。
「兄として弟が苦しんでいたことに気付きもせず、のうのうと王太子などをしていた自分を恥じて、それを謝っているんだ。兄としても王太子としても今までは何も出来ずすまなかった」
「それが謝る理由にはならないと言っているのですよ。兄上は私より先に生まれただけですからね。それに私は苦しんではおりません」
「謝罪を受け入れてくれなくてもいい。それでも私はお前に謝罪を……それから礼も言いたい」
第二王子はさっと目を逸らしたが、王太子は続けて言った。
「妹を……私たちの大事な姫を、救ってくれて感謝する」
「無意味な感謝など要りませんよ。誰も救えてはいませんからね」
視線を逸らしたまま静かに淡々とそう言った第二王子であったが、その声に怨念のようなどろどろとした悪感情が込められていることを王太子は感じ取る。
するとそこによく知る妹の姿が重なって、王太子は複雑な想いを抱いた。
妹はこのように静かに感情を発露するような王女ではなかったというのに。
何故か弟と妹の姿が重なっている。
「今も叔父上が存命であったなら。妹は確実に……分かっているよ。お前が言いたいことは分かっているんだ。それでも私は……」
「兄上は苦しんで生き続けよと願うとでも?それはあまりに身勝手では?」
「あぁ、身勝手だと思うよ。私にはいつになっても理解出来ない感覚だろう。寄り添うことも出来ない。それでもお前のおかげで少しでも長く妹と共にあれたことを幸せだったと思うし、どんな形であれ今も生きてくれていることを私は喜んでいるんだ。だからお前にも感謝を──「やめてください」」
今度言葉を遮ったのは、第二王子である。
だがすぐに次の言葉は出て来なかった。
しばらくの沈黙ののち。
第二王子は熱の見えない瞳で笑みを作ると、ようやく話し出す。
「兄上は今まで通りでいたらいいのですよ。この国の裏側は何も知らず、父上のように品行方正な聖人君主、そんな王として振る舞っておけばよろしいのです。ですからもう、私が今日話したことはすべて忘れて──「無理だな」」
次は自分の番だというように、再び王太子が弟の言葉を遮った。
しかし第二王子はここで言葉を止めずに話を続けようとする。
「ですから聞かない方がいいとあれほど──「それも違う」」
だからもう一度、王太子は言葉を被せて、弟の発言を止めた。
しばし無言で兄と弟は見詰め合う。
薄っすらと笑みを浮かべる弟の瞳からこれ以上話すなという圧は感じていたが、王太子は負けずに口を開いた。
「もう私は父上のような、何も知らずに椅子に座っているだけの王にはなれない。いいや、なりたくないという話だ。私はすべてを知ったうえで、品行方正な清き王を演じてやるよ」
これを聞いた第二王子は、どこか馬鹿にするように、ふっと息を吐いて笑った。
「兄上に出来るのですか?」
「出来る出来ないではない、そうするのだよ。これからはお前一人に嫌な仕事を押し付けはしない。悪いがこれはもう決めたことだから、これ以上説得しても無駄だよ」
真剣な表情の王太子を前にして、第二王子の作られた笑みが崩れていく。
「勝手なことを仰らないでいただきたい。どんな王になろうとも、いつでも我らが見ているのですよ?」
「知っているとも。権限が決して王の手に入らないこともな。だがそれはそれでいいんだ。私は私の権限を行使して、すべてを知る王になるというだけだからね。なぁに、上手くやってみせるよ」
くくくと卑屈に笑った第二王子にも、王太子は真剣な顔を崩さない。
「アルメスタに簡単に流されておいてそれを言います?」
「今回は流されてやったのだよ。さて、お前はどちらだ?」
そのときだった。
第二王子の表情が一変したのは。
相手を見定めるような冷酷な瞳以外に、笑みが消えた第二王子の顔からは何の感情も受け取れなくなっていた。
知らぬ相手ならぞっとしていたことだろうと、王太子は感じている。
だが弟だから。
この顔が知れて良かったと王太子は心から思うのだ。
そしてまた彼は考えた。
もっと早くにこの顔を知れていたら、こんなことには……。
いいや結果は変わっていなかったかもしれない。
それでも自分にも王太子として兄として出来ることがあったのでは?
そのように考えながらも、王太子はまた、今でなければ弟とこのように話すことが出来なかったことを知っていた。
まもなく王となるべく引継ぎを始めた今だからこそ、あの日にないことを知れている。
それでも以前から軽く与えられていた知識を元にもっと深く考え、自ら知るように動いていたら……。
兄弟全員で集まったあの日に感じたものとは異なる後悔を抱いて、王太子は弟の答えを待っていた。
しかしながら弟から問いに対する答えは得られなかったのである。
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