102.追想


 いつからだろう。


 兄が羨ましくてならなかった。

 弟が羨ましくてならなかった。


 父もまた羨ましい存在で。

 母もまた羨ましかった。


 そんなときに、妹が生まれたのだ。

 それははじめて羨ましいと思わずに済んだ家族の誕生だった。


 女の子だから、そう思えたのだろうか。

 しかしそれならどうして母は違ったのか。


 妹だけは、何も知らなくても、何もしなくても。

 羨ましいと感じることはなかった。


 むしろこのまま、何も知らず、好きなように生きて欲しい。

 心からそう願えたのだ。


 そのときはじめて、この身に生まれたことを感謝した。

 この子のために何もかも利用して何でもしてやろうと思い立ったからだ。


 なのに……。



「お前の最初の仕事として、これほどに見合うものはない」


 笑いながらそう言った叔父。


 時には鞭打ちながら必要な教養を与えてくれた叔父は、いつでも笑っている人だったけれど、この日はとてつもなく上機嫌であることがその全身から伝わってきた。

 

「まもなく間違いないと思われる兆候が出るだろう。さすれば権限を貸してやる。確実にやれ」


 くつくつと笑いながら、楽しそうに言い終えた叔父。



 かの国は上手くやっているようだ。


 その話を耳に入れたのは、それから少し後のこと。


 叔父もその情報には興味を示し、必要な人材を集め始めていた。

 だが叔父はこちらが動く前から釘を刺してくる。


「王家は生かさぬ。馬鹿げた夢は見るな」


 それすらも笑って言った叔父。



 だから緻密に計画を練ることにした。

 

 妹にはっきりとした兆候が確認されたとき。

 それを決行する。


「どうせ奴らは番と出会わねば幸せにはなれん可哀想な者たちなのだ。まだ分からぬうちに処理してしまえば、それが一番の幸せとなろう。お前はあの子のためにそうするだけ。いい兄がいて良かったと泣いて喜ぶだろうさ。ははっ。お前がそれを見られんのは残念だがな」


 まだ笑って言う叔父に、笑顔を返した。


「そのために実権を預けていただけるのですね?」


「あぁ、好きにやってみろ。痕跡ひとつ残さずに消すのは簡単だが、お前なら楽しくやってくれるな?」


 叔父はそれは愉快だというように手を叩いて言った。


「やれ」 


 同じように笑って指示を出し、始末した。

 根回しは完璧に済んでいたのだ。


 いずれ消える者より、彼らは未来を選んだ。


「馬鹿な真似を。私を殺したところで、妹は助けられぬのだぞ」


 最後まで笑って言った叔父。


 叔父の期待通り、簡単な真似はせず、同時に要らぬ者を消しておいた。

 恨まれて死んだ王家の一人として数えられた叔父は、泣いて喜んでいるだろうか?


 それを見られなかったことは残念である。



 このとき、誰もそのおかしさに気付く者はなかった。

 父も、母も、兄も、弟も。


 もちろん妹は気付くはずがない。



 けれどももう羨ましくはなかった。

 それを残念だとも感じなかった。




 そこからはすべての実権を手にしている。

 元からそういう決まりであり、これは自然な流れだ。


 彼らに宣言していた通り、すぐに香油の利用に取り掛かることにした。




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