89.怪しい小瓶


「うちで仕組んだ話ではありませんよね?」


 アルメスタ公爵家の王都の屋敷の一室にて。

 アルメスタ家の親子が状況整理をしているところだった。


 若き公爵が番を取り戻してからというもの、寝耳に水といった出来事があり過ぎる。


 ユーリル侯爵一家の馬車の事故に始まって。

 セイディの生家での火災。

 そして今回……。


 どれもこれもその情報は突然にもたらされた。


「ないな。うちの者たちとてこれは無理だ。というのは、君にも分かるね?」


「そうですね。他者が番を用意することなど不可能」


「そのうえ彼の行動は我々の想像出来るものではない」


 二人の表情が明るくないのは、自身の経験のように感じ取ってしまうからだろう。

 父と息子、そのどちらもが番を知る者だから。


「同じ想いをすればいいと考えたことはありましたよ。しかしこれではあまりに……」


「そうだね。私とて愛しいシェリルを苦しめた分の償いは、しっかり頂戴するつもりでいたんだ。少々の嫌がらせくらいは考えていてね」


「父上と同じく。セイディを傷付けたのであれば、その報いを同じだけ受けさせる方法を検討していましたが。それはこのような方法ではなく……」


「あぁ、それ以上になったと言えようね」


「えぇ、それもこの短期間です。それは想像を絶する苦しみ……駄目ですね。私にはとても想像が出来ません」


「想像などしなくていい。私とて無理だからな。だが同情はしよう。シェリルがよく可哀想だと言っていた意味が、今ならば私にも分かるね」


 沈黙は長く続いた。


 復讐は果たしたと言えるだろうか。

 しかし二人はこの結末を素直に喜ぶことが出来ない。


 やはりそれは同じ番を知る者だからこそ。


「されど王女は生きているというお話でしたね?実は間違いだったか、あるいは偽りの情報を流されているということは?」


「私もはじめはおかしいと思い急ぎ調べさせてはいるのだが。実は以前から調べていた別件が繋がってね。その辺りのからくりがやっと見えてきたところなのだよ」


 ことっと音を立てて、レイモンドはテーブルの上にハンカチに包まれていた小瓶を置いた。

 なんですか?と手に取ろうとしたジェラルドに、レイモンドはやめておけと首を振る。


「我らは触れぬ方がいい。この邸にも置いておく気はないよ」


「毒薬ですか?」


「いや、ただの香油だ」


「香油?まさか……」


 愛しい番が、『嘘吐きさんの香り』と称した日のことが、ジェラルドの記憶から呼び戻される。

 あの日のセイディは可愛くて、その成長にも感動したものだ。


 こんな話をしているのに、にやけそうになったジェラルドは気を引き締めて、それから続いた日々を思い出した。


 セイディが香油について触れたのは、あの日の馬車の中だけ。

 それからはすっかり忘れて過ごしている。

 だからジェラルドも香油の件など同じく忘れていたのだ。


 そんなことよりも日々成長するセイディを愛でることに忙しく、それは今朝だって……。


 またにやけそうになる顔を取り繕って、ジェラルドは触れずに小瓶を眺めた。



 あの香りがこの小瓶の中に?



 どうやら香りが外に漏れぬよう、きっちりと密閉されているらしく。

 ジェラルドの鼻には何の香りも届いてはいない。


 そしてジェラルドは、あの香りと称したが、セイディが言ったそれに覚えがなかった。

 記憶したいと思ってもいないため、他人の香りなどいくら嗅いでも頭から捨てられていくのだろう。

 ジェラルドの記憶にある香りのほとんどが、愛しい番のものだ。


「あの娘が使っていたものそのものではなくてね。これは原液なんだ」


 レイモンドがここに小瓶を用意した意味を、ジェラルドは推測する。





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