閑話 まおうさまがしんかしてもまけません(雨の日の勇者と魔王⑤)
立派な冠と二本の角を頭に掲げた魔王に、ジェラルドは吠えた。
なんだ、その頭?しかもマントだと?
いや、本当に。どこで誰に用意させたんだ?
外で買った?
アルメスタ家の先代はいよいよおかしくなったと思われているのではないか?
いや待て。それ以前にどこにそんなものを売っている店があるんだ?
そもそもだ。
そもそもこの人は、こんな人だったか?
この魔王姿の男は、本当に私の知る父上か?
別人のなりすましではないのか?
息子としてその内に多くの疑問を抱えつつも、しかしジェラルドがここで父親にぶつけるべき不満は一点に尽きる。
「セイディと遊んでいる暇があるならば、働いてください!」
魔王に息子からの口頭攻撃は効かなかった。
「私のどこが暇に見えたかね?セイディちゃんとの遊びに忙しいのだよ。それに本来はすべて君の仕事だ。そうだね?」
「やはり父上に爵位を返上「断る」どうしてですか!」
「君ねぇ、引退後も領主の仕事をずっと私がしてきたのだよ。やっと隠居してのんびり暮らそうという親に、また仕事を与えようなどとよく言えたものだね?」
「父上はただ母上と二人で過ごしたいだけでしょう?」
「それの何が悪いのかね?」
まさしく魔王然として声が低くなったレイモンドに対しいつも同じ反応を示してしまうのは、ジェラルドが幼い頃に叩き込まれた条件反射だ。
それは声が上擦るほどに身体に刷り込まれている。
「わ、るくはありませんけれど!私たちは十年も離れておりましたし」
「だからなんだと言うのだね?その十年を支えたのは私たちだよ」
「それは感謝していますよ。でもまだ私に爵位を譲るようなお歳でもないでしょう?ですから一度お返しして時が来たらまた改めて。なぁ、セイディ。セイディからもルドとずっと一緒にいたいと──セイディ?」
ジェラルドは慌てて辺りを見渡した。
いると思った場所に、セイディがいなかったのだ。
だがすぐに小さな勇者は見付かった。
「おかあしゃま、きょうのでーとはどこへいきますか?」
「うふふ。そうねぇ。昨日はお店でアップルパイのプリン乗せを食べましたし、今日はまず王都で若い人たちに人気と聞いた雑貨屋さんに行って、そのあとはとびきりのデザートを食べましょうか」
「ざっかやさん!たのちいところです!とびきりのでざーともたのちみでしゅっ!ぷりん!ぷりんはありますか?」
「楽しみにしていていいわよ、セイディちゃん。ソフィア、今日は老舗の喫茶店にするわ。少し前にプリンのパフェはないかしら?と一言伝えてあるのよ」
「流石でございます、大奥さま。よろしかったですね、セイディさま。今日は新しい特別なプリンが食べられるそうですよ」
「あたらしいぷりんでしゅっ!そふぃあもいっしょですか?」
「えぇ、セイディさまにお誘いいただけるのでしたら喜んでご一緒しましょう」
きゃあっと喜んだ勇者の手から、いつの間にか立派な剣は消え。
母親と何故か侍女長に左右から両手を引かれ去っていく番に絶望するジェラルド。
番が去ったのは、レイモンドも同じだった。
「こうしてはおられん。私も急いで出掛ける準備をせねば。おい、テッテ!今すぐ用意と、街の警備の強化だ!ルートも事前によーく確認しておくように。午後からは晴れようが足元にも気を配るのだぞ」
「何を言うのですか!父上は仕事ですよ!セイディとプリンを食べるのは私です!」
「馬鹿を言うな。シェリルがセイディちゃんと出掛けるのに、何故私が仕事に残る?」
「それは私の台詞ですよ!セイディが出掛けるのに何故私が屋敷にいられると思っているのですか!」
「えぇい、仕事など後回しだ!」
「賛同します、父上!」
こんなことだから、大旦那さまはいつかのために元気でいなければならない。
──これはそれから少し先の未来のお話。
魔王は進化して、勇者もまた少し成長したあとのこと。
「あぁ、よく来たね。私のことはおじいちゃまと呼んでおくれ」
沢山ある皺をさらに深めて、にこにこと笑顔で膝を折って出迎えた老人は、セイディの手をがっつりと掴んでそう言った。
一瞬はびくっと身体を揺らし驚いたセイディだったけれど、大きな両手に包まれた手をじーっと見た後に、顔を上げてまたしばらく老人を観察する。
その観察の結果、どこに満足したのかは、番であるジェラルドにさえ分からなかったけれど。
セイディは何かをやり遂げたようにひとつ頷くと、急に口を開いてこう言った。
「せいでぃのおじいちゃまですか?」
「そうだよ、私がセイディちゃんのおじいちゃまだ。これは可愛い孫ぞ。おばあちゃまもセイディちゃんに会いたかったろうな」
「せいでぃのおばあちゃまがいますか?」
「そうだとも。それ、おばあちゃまの絵姿を見せてやろう。こっちだ」
「はい、おじいちゃま!」
温かい手を握り返したセイディを、大旦那さまが部屋から連れ去っていく。
何の躊躇もなく知らない爺に付いて行ってしまったことに対して、ジェラルドは愕然としているのだった。
「また敵が増え……ところであれは本当に祖父上ですか?」
「息子よ、信じがたい気持ちはよく分かるぞ。父上がこうも変わろうか」
「セイディちゃんが可愛過ぎるからよ」
「それは完全に同意だね。シェリルの言葉に私が同意しない日は来ないけれど」
「セイディが可愛いのは当たり前です。セイディの可愛さはもはや国宝級。いえ、この世のなにものにも比較できない可愛さで……って、お待ちください祖父上!私も行きます!その前に!私も久しぶりにお会いしたのですが?私が実の孫だとお分かりか?お待ちください祖父上!」
おじいしゃまよりは、おじいちゃまか?
うーむ、あいつがおとうしゃまだから、より可愛いらしいちゃまの採用だな。
いやしかしじぃじも捨てがたい。
なに?市井の娘はおじいちゃんと呼ぶ?うーむ、それも捨てがたいな。
なぁ、お前はどれがいいんだ?やはりおばあちゃまか?ばぁばも捨てがたいよな?
しかしお前がおばあちゃんと呼ばれるところも見たかったぞ。
はは狡いだろう?これで私はまだまだそちらには行けなくなった。羨ましく孫たちをよく眺めていてくれ。そちらに行ったら、たっぷり叱られてやるからな。
うむ、それでどれにするか。
これはまいったな。選べぬぞ。
いや、固定することもなかろうか。途中で変えるとしよう。
すると先にじぃじ……いや、もっと仲良くなってからじぃじとして。大人になればおじいさまが待っているからな。するとその間におじいちゃんも……何?じっちゃんだと?それも気安くていいな。
彼が墓石の前で毎朝悩み続けてきたことを、息子夫妻も孫も知らないまま。
明日からは彼が亡き妻へと語る言葉がまた変わることだろう。
(閑話 雨の日の勇者と魔王 完)
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