88.魔王の要求


「確認が取れた件とは、何のことかな?」


 座ったまま少しだけ前屈みになり、重ねた手を揉むようにして。

 アルメスタ家の先代公爵はにこにこと微笑みそう言った。


 すると王は、ほんの少し近付いてしまった距離を元に戻そうというように、身体を反らし気味に背筋を伸ばし、これに答える。


「すでにそれについても聞いていように。娘が過去に引き離せと発言していた件だ」


 ただ引き離せと願っただけの娘。

 何故これを罰しなければならないのだろうかと、王は今も疑問に思っている。


 だが事実として、その言葉通りにある番同士が引き離された。それも十年もだ。


 王族の言葉の重みを考えれば、発言だけで罰せられる可能性を王女に教えて来なかった王もまた、ここで強く責任を感じるべきところであろうが。


 この王にはそれを受け入れる器はなかったよう。


「それだけの理由で罰をか。君はそれでいいのかね?」


「何を。そなたらがそのように望んでいたのではないか」


 アルメスタ家の先代公爵は、ふぅっと息を吐くと、またにこにこと微笑み始めた。

 それが不気味で王は息を呑む。


「君はどうしてもユーリル侯爵だけが悪いと思いたいようだね。彼が個人的な意思だけでこのようなことをしでかしたと、本当に信じているのかい?」


「しかしもう確認のしようもないではないか」


「そうだねぇ。素晴らしいタイミングで全員がお亡くなりになられ、そのうえ残った一族の者たちは爵位も領地も瞬く間に返上したうえ離散。それぞれが行方知れずと。面白い偶然もあるものだよねぇ」


「ユーリルが関わっていたのは事実であろう。それにあの娘にさほどのことが出来たとは思えん」


「だけどユーリルの件もうちの娘の生家の件も、大層お喜びだったそうではないか」


 王は言葉に詰まった。


 貴族が亡くなり喜ぶ娘ではないと、少し前まで信じていたのだけれど。

 それはもう覆されてしまったから。


 王には可愛がってきた娘のことも、分からなくなっている。


「君の考えが変わらないことはよく分かったよ。ところで今日はひとつお願いがあって来たんだ」


 娘への罰だけで済まないことは想定済みだった王は、自分の引退を仄めかす発言をこの場でするつもりでいたのだが……。


「あの子、君の二番目の息子くんと話す時間を用意してくれないかな?」


 予想外の言葉に、王は絶句して、しばらくの間固まった。

 もう完全に王としては失格であろう。


 しかもやっと出て来た言葉が……。


「息子まで奪う気か?」


 これである。

 それは酷く焦った声でもあった。


「これは異なことを仰る。お話をしたいと望むことが、どうして奪うことになるのか。私には分かりかねますな」


「そなたが話をするだけで終わるとは思えん」


「何をそれほどに警戒されているのかも分かりませんな。私たちのように息子を奪われたこともなかろうに」


「は?奪われていたのは、息子ではなくその番の話であろう」


「これはこれは。陛下は番を知る者へのご理解が足りぬようだ」


 急に部屋の温度が一段と下がったように感じた王は、ぶるっと震えながら自身の二の腕を擦った。

 そこにもっと寒気を催す低い声が鳴る。


「息子はね。。子どもなんですよ。それをお分かりか?」


 ゆったりと子どもに言い聞かせるように放たれたその言葉に。

 震え上がった王からはもう声も出て来ない。


「妻が泣いたのですよ?えぇ、私の愛しい妻のシェリルがですね。この十年の間に、何度も何度も泣きましたよ?息子が可哀想だと。息子が苦しんでいるのが辛いと。その意味がお分かりか?」


 知らんがな、と思っていた王だ。

 だから番を知る者は苦手なのだ!とその内側では叫んでいる。


 けれども声が一つも出ない。


 ひとたび番が関わると、たとえ王であっても彼らが制御不能であることは、その経験からよく知っていた。

 この王はずっとアルメスタ家の先代公爵が苦手なのだ。


「番を失った我らがどうなるか、ご存知ではなかったとは言わせないよ?元気に働いてくれたではないか?はっ。どこに元気があったというのだね。息子はすっかり以前とは変わっていたではありませんか。番と出会う前に戻っただけ?知らぬ頃に戻れるわけがないでしょう?」


 王は何も口にしてはいなかったのに。

 まるで王の心を読むように、アルメスタ家の先代公爵は一人で話を続けていく。


「十年。十年もですよ?十年も私たちはかつての息子を奪われてきたのです。えぇ、愛しい娘も共にね。それで?少し娘に罰を与えることがなんですと?あなたの息子がどうされたと?」


 それからは沈黙が続き。

 その間になんとか息を整えた王は、やっと言葉を口にした。


「息子との時間があれば満足か?」


「お分かりいただけましたか。良かったですな。この国はまだしばらく続きそうです」


「なっ……」


 信じられない気持ちで、王はアルメスタ家の先代公爵を眺めた。

 だがそこに本気を悟り、身体はぶるぶると震えてくる。


 今すぐに伝えなければ──。


「王としても此度の責任を取るつもりだ。息子への譲位も考えている」


 たとえこれから息子がいかに苦労することになろうとも。

 自分には向いていなかったのだから。

 早く隠居することこそがこの国のため。ひいては息子のため。


 王はそのように自分の醜い心を慰め続けた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る