87.魔王降臨
朝からずっと分厚い雲が広がって、いつ雨が降るかと誰もが空模様を気にして動く、それはそんな天候の日のことだった。
城のある部屋で王が立ったまま、苦手とする男を待っている。
雨の予感を誰にも与えるほどの湿度の多い日であったこともあり、城のどの部屋もひんやりとしていて、王も若干の寒気を覚えていたが、それが気候のせいであるかどうかこのとき王には判別がつかなかった。
「やぁやぁやぁ、久しぶりだね、国王陛下」
「久しぶりという程に前回から間は空いていなかったように思うが……。うむ久しいな、先代公爵よ」
明るく陽気に手を上げて部屋に入ってきたアルメスタ家の先代公爵。
その姿を見ただけで王は一段と寒気を覚えたが、必死にそれを隠して、まだ王らしく尊大に振舞おうとしていた。
その出来栄えはおそろしく不十分であったけれど。
若い時から友人のような関係にあったとして。
王妃と夫人もまた友人のように良好な関係を築いていたとして。
そうは言っても王と臣下の関係である。
せめて挨拶くらいはそれらしくしてくれないだろうか。
王は人知れず、震える身体の内側だけにこっそりと本音を抱いた。
だがそれが決してここにいる相手に知られてはならないことも、誰よりも王自身が理解していることである。
だから彼は臣下に優しい誠実な王を演じ続けた。
「王妃様はお元気になられたかね?」
「すまないが、まだ調子が悪くてな。元気になるまでは、今しばらく時間が掛かりそうだ」
誰のせいで具合が悪くなっていると思うのだ?
目のまえの相手に憤りも感じていた王ではあったけれど、やはりそれは内側に隠して、臣下からの有難い気遣いに理解ある王を演じていく。
「それは大変だねぇ。だが今日は喜んでくれたまえ。我が愛しき妻も共に来ているからね」
「は?なんだと?」
つい演じきれなくなって、王は先代公爵を問い質してしまった。
「今は王妃様のお部屋に見舞いの品を届けに行っているんだ。愛しい妻と離れ離れになる時間は惜しいけれど、優しい妻がどうしてもと言ったからね。この私が時間を譲ったのだから、王妃様も必ずや元気になられるだろう」
頼むから休ませてやってくれ。
これ以上の心労を与えないでくれ。
譲らなくていいから。
内側ではそう叫んでいるのに、とても声には出せない王であった。
これでは誰がこの国の王か、分かったものではない。
「それで?」
謁見の間のように格式を重んじた部屋ではないけれど。
ここも王の部屋のひとつで、重鎮たちなどと密接して会話をするためにと用意されている特別な場所だった。
だが王の部屋だから、いくら親密な関係にあろうとも、ここに呼ばれた誰もがそれなりの距離で接してくるし、礼儀を忘れるようなことはない。
ただ一人、この男を除いては……。
王が促すより前に椅子に座って「それで?」と問う臣下とは何だろうか。
しかし王は疑問を持ちながらもやはりこれを咎めることが出来ず、いそいそと移動してはテーブルを挟んだ臣下の前の椅子に腰を下ろすのだった。
やはりどちらがこの国の王か分からない。
「調査はしたが……娘がユーリルと関係していた確固たる証拠は見付からなかった」
「ほぅ。それで?」
「調査官としてそなたの息の掛かった者らも受け入れたのだ。それ以上の結果がないことは知っていよう」
「うん、知っているとも。だから私が今ここで聞いているのは、調査結果ではなくてね?」
その柔らかい声音が。ゆったりとした口調が。優しそうに見える微笑みが。
余計に王へと恐怖を与えてくる。
王は顔を引き攣らせながら、すでに決めていたことを口から滑らせた。
「確認が取れた件については、罰を与えることにした」
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