閑話 まおうさまのおとうしゃま?(雨の日の勇者と魔王④)


 アルメスタ家の者たちが今も『大旦那さま』と呼ぶ男。


 それは予想しておられる通り、先々代の公爵であり、つまりはレイモンドの父で、ジェラルドの祖父だ。


 息子が番を知る者で、孫までも番を知る者だった先々代の公爵であるが、しかし彼自身は番を知らなかった。


 この特性は不思議なことが多く、先祖返りと言われているように、同じ家で代々と番を知る者が生まれるわけではない。

 むしろ二代続けてというのは、近頃では大変珍しくなっている。



 そんな彼が今も健在である理由はまた、番を知らなかったからだと言えよう。



 アルメスタ家当主とその家族の代々の墓は、王都ではなく領地にある。


 妻を亡くした彼は、その後すぐに息子に爵位を譲ると、これからは墓守をすることを堂々宣言した。

 彼は番を知らなかったけれど、妻のことは愛してきたのだ。


 その宣言通りに先々代公爵は墓地の近くに控えめな屋敷を買うと、今後は静かに暮らすと言って少ない使用人らとそちらへと移り住んだ。


 このときにも彼の為人を窺えるエピソードはいくつもある。


 たとえば家と土地の購入資金は長年の投資で増やした私費であったし。

 静かにと言いながらも、今もその周辺地域の経営を担い、この収入から自身の生活費を賄うだけでなく、アルメスタ家に稼いだ分の税を領民らと変わらずに納め続けている。


 そんな彼は毎朝妻の墓参りも欠かさずに続けていた。

 それは雨の日も。嵐の日も。大雪の日だって。


「許せ。まだまだそちらには行けぬ」


 墓石に語る言葉もまた、毎日変わらぬもので。


 彼がどれだけ誠実に当主として働き、妻を愛してきたか、この少しの話だけでもお分かりいただけるだろう。



 しかしこの男、実は息子のことも、孫のことも、まったくもって信用していなかった。


 むしろだからこそ、番云々を抜きにしても、妻を亡くしてなお元気に生き続けていると言える。


 彼の息子レイモンドと孫のジェラルド。

 二人は番を本当の意味で失ったとき、迷いなくその跡を追うだろう。


 番を知る者は、番のない世界に未練を残さないし、責任も含め他のあらゆるものをいとも簡単に捨てていく。


 そんな彼らを元領主として信用していないからこそ、何かあったときにいつでも対処出来るようにと自身は努めて長く生きようと決めていた。

 愛する妻を亡くしたからと、落ち込んではいられなかったのである。


 今も孫に番が戻ったことを聞いて、純粋に喜び祝福はしているものの、それで今代の公爵として孫を信用出来るかというのは別の話。



 魔王の父親は、こんな男だ。



「父上に顔を見せに行ってもいいな。戻って落ち着いた頃に考えるか」


 顎に手を添えながら、むむむと考え始めたレイモンドをしっかりと見ていたセイディは、同じように顎に手を添えてから口を開いた。


「ちちうえにかおをみせにいってもいいな、もどっておちちゅいたころにかんがえりゅか……ちちうえ?おとうしゃまのおかおはみえます」


 早口で真似た後に言葉を噛み締めてようやく疑問を持つ。

 最近のセイディはいつもこんな感じだ。


「ふふっ。そうだな、セイディちゃんの可愛いお顔は私にもよく見えているよ」


 にこにこ笑って、セイディの頭を存分に撫でて。

 レイモンドは言った。


「セイディちゃんのおじいさまの話だ。今度共に会いに行こう」


「せいでぃのおじいさま?」


「うーん、呼び方は……父上に委ねた方が良さそうだな。おじいしゃまになるのか?うん、おじいちゃまというのもありそうだな?なに?最近はじぃじ呼びが喜ばれる?ふうむ、祖父とはそれほどまでに呼び方があったのだな。これは羨ましくもあまりに狡い……だが私だっておとうしゃまだけでなく、今はまおうさまとも……今後は……ぱぱがいいのではないか?何?それはあとにしろだと。うちの者たちはやはりおかしいな……。仕方ないここは引こう。父上に決めて貰うとするか」


「……おとうしゃま?」


 ぶつぶつ語るレイモンドの言葉を追えなかったセイディは、もっと分かるように話してとその煌めく瞳でレイモンドへと訴えた。

 これにレイモンドはジェラルドと似たような顔をして破顔する。


「よしよし、セイディちゃん。おやかたさまの意味も、そのときに教えようね。実際に会って話しながら聞いた方が分かりやすいからね。あとでだよ、セイディちゃん」


 というのは口実。

 レイモンドとしては、おかしなうちの者たちに分かりやすい説明の場を整えさせるつもりだ。


 何が違うかと問われても、レイモンドには明確なそれが分からなかった。

 というか決めた彼らとて、違いを説明出来るのだろうか……。


 またしても私にすべてを押し付け、逃げるのではあるまいな?


 一抹の不安を覚えながら、レイモンドは物分かりのいい娘に安堵する。


「あとでですね。わかりました、おとうしゃま。またあとでおしえてください」


「よしよしセイディちゃんは賢くていい子だ。うちの者たちとは大違いだねぇ。さぁおやつを食べながら、おかあしゃまも一緒に三人でお引越しの計画を立てるとしよう。どうせだから少し進めば宿に入るようにして都度観光を「父上!」」


 振り返ったレイモンドは、やれやれと息を吐いた。

 目を吊り上げ怒りを露わにした息子は、どれだけ急いで来たのか肩で息をしている。


 鍛錬が足りていないな。

 父親としてレイモンドはそう感じた。


 再教育に回し、自分は可愛い娘と妻と遊んでおくか。

 レイモンドは一人計画する。


 父としてどうなんだ……。


 そんな父親にジェラルドは当然の如く鬱憤をぶつけた。


「私に仕事を押し付け、何を遊んでいるのですか!その恰好も何です!」


 私だってセイディと遊んでいたいのに!

 息子の叫び声を流し、レイモンドは笑った。


 息子もまた元気になって何より。





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