85.記憶から引き出されたあの日
付き人としての侍女も連れていた。
まだ護衛たちを引き連れてもいた。
出で立ちこそ、王女らしい煌びやかさを消して、質素にまとめていたけれど。
王女とは想定されなかったとしても、いいところのお嬢さまであろうと誰もが想像するような姿で、その日王女は王都の街中を歩いていた。
王都だから、貴族もよく街に出ているし、それは不自然なことではない。
「何かしら?」
いつもなら気にも留めない、視線の端に移るだけで終わる庶民姿の少年が、店先に立っていた。
不思議とどこかに違和を覚えた王女は、その少年を凝視する。
するとその子が抱いている子どもが、庶民らしからぬ綺麗な服を着ていることに気付いた。
子どものそれもまた、王女のように目立つ装いではなかったけれど。
生地の良さ、仕立ての良さ、使われているボタンのひとつも高級品であること。
いつも優れた物に触れてきた王女だからこそ、それは遠目からでも容易に見極められた。
きっとあの二人は庶民ではないわ。
それでしばらく眺めていたら、王女は気付いた。
「あの子だわ!」
このときの王女は、子どもの身体の大きさからその年齢をはかることは出来なかったけれど。
いや、今でもそれが出来るかどうかは怪しいが。
抱えられた子どもは、このときおおよそ三歳か四歳かという体格。
少年が抱えるには少し大き過ぎる女の子を、軽々と抱えてみせて。
少年はへらへらと抱いた子どもに笑顔を見せ、何か話し掛けていた。
「何よあれ」
あんな顔をする子ではなかったわ。
王女からすれば、とても過去に会った男の子と少年が同一人物には見えなかった。
だから一瞬は、勘違いかしら、と。
あの頃から成長もしているし、他人の空似かもしれないわね、と。
王女がそう疑ったのも束の間、続く女性の言葉で王女は答え合わせをすることになってしまった。
「ジェラルドったら。お店の人を困らせないでちょうだい」
同じ名前だわ!
店から出て来てそう言った女性もまた、よくある庶民に見える服装をしていたけれど。
まとめた髪の美しさとか、所作の丁寧さが、彼女がただの庶民ではないことを知らしめた。
「セイディがこれと言ったものをすべて出すよう言っただけではありませんか。母上だって、あるものすべて出していただけますこと?ってよく言っ「おやめなさい?」はい、ごめんなさい」
あれは公爵夫人ね。
ということはやっぱり……あの子だわ。
王女はかつての茶会で会った夫人の姿を思い出し、そしてここでひとつ余計なことを学んだ。
わたくしも庶民に扮すればいいのね!
そう。王女が一人で外出するようになる元凶が、まさかのアルメスタ家にあったのである。
未だにこれは王家の誰もが知らない事実であるが。
妙なところで縁ある者たちと言えようか……。
「だいたいね、同じものばかり買ってどうするのよ」
「セイディが着るものと同じものを着る子どもがいたら困るではありませんか?」
「まったく。変なところばかりレイモンドに似て……セイディちゃんはすぐに大きくなるのよ?」
「毎日着替えればいいではありませんか」
「それでも余ると言っているの。着られなかった分はどうするつもりよ」
「んー、そうですね。飾っておきます?」
「無意味なことはやめてちょうだい。どれだけ部屋があっても足りないわ。ここは私たちが普段仕立てるお店とは違うのよ。買い占めてしまったら、これから買いに来る人たちが困るでしょう?独占欲を出すのは、仕立てるときだけにしてちょうだい」
「市井にもセイディにいいものがあるかもしれないでしょう?それを見落とすわけにはいきませんよ。そうです、投資したらどうでしょうか?」
「お店を開くというのは止めないわ。だけど既存のお店を贔屓にするのはいただけないわね」
「え?セイディのための店を持ってもいいのですか?」
「あら?そうするとあなたは忙しくなって、セイディちゃんに構う時間がなくなってしまうわね。ご両親がさぞお喜びになることだわ。えぇ、すると決めての半端は許しませんことよ?」
「それは困ります。店など要りません。ねぇ、セイディ?あれ?ふふっ。沢山選んで疲れちゃったかな。早く大きくなってね、セイディ。大好きだよ」
女の子の額に口付けをした少年が幸せそうに笑った。
その瞬間、王女の心の中に真っ黒いものが広がっていく。
これはなんだろう?と深く考えられていたら……まだ違う未来もあっただろうか。
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