80.真実が見えなかったとしても


 どうしても第二王子の表情から陰るものを感じ取れなかった王太子は、得ている知識だけで考える。


 この国には王にならねば得られない知識があった。


 王女にはが付いていなかったということだろうか。

 王家全員を守るために存在するのではなく、あくまでは王のためにあると?


 答えの出ない問いを抱えながら、王太子は改めて父親への失望を感じていた。



 何故ご自分で動かないのか。

 父王がすべてを知っているならば、この時間は無駄となるのでは?


 それともこれにも何か意味があって──?

 それは国のためになるのか?

 それとも王女や弟たちを救えるものか?


 しかしそれがただの逃げならば。

 私は父王に──。



 甲高い王女の声が、王太子を現実へと引き戻した。

 普段なら可憐で耳障りがいい声も、今日はやけに頭にきんと響く。


「どういうことなの、二のお兄さま?わたくしにも分かるように説明して」


 第二王子は肩を竦めながら、妹を諭すようゆったりと語り掛けた。

 その落ち着きようは、まだどこかに救いがあるように感じさせるものでもある。


「アルメスタはね、私たちが番を攫ったのだと疑っているようなのだよ。それでね、私たちが何もしていないと証明することが、とても難しい状況なんだ」


「……わたくしも疑われているの?」


 聞くまでもなく最も疑われている人間は王女であるが。

 状況をまったく理解出来ていないその妹の様子に、王太子は混迷を極めるのであった。


 しかし第二王子はそれも当然という顔でゆったりと頷くだけ。


「そうだね。だからどうしようかなと考えているところなのだよ」


 第二王子はそれから笑顔を見せた。

 その微笑みを見た王女も、ほっと息を吐く。


「しばらくは大人しくしていないといけないよ。出来るね?」


「……分かったわ」


 王女にもっとも甘かったのは、父王とこの上の弟であろう。

 王太子はこれまでの日々を思い出していた。


 自分は王太子としての仕事に忙しく、妹は可愛くも、それほど構うことは出来なかったのである。

 その分を埋めるように、上の弟はよく妹の世話を焼いていたし、下の弟の面倒もよく見てくれていた印象を持っている。


 だから妹の望みを叶えたのは第二王子だろうと、真っ先に疑ってしまった。



 だがこれも分からなくなっている。



 あらゆる情報が、王女の関与を匂わせていること。

 だがそこに決定的な証拠がないこと。


 それはむしろ怪しむべきことではなかろうか。


 第二王子が動いていたとすれば、少しでも王女に疑念が向かわぬようにと入念に策を講じて、もっと上手くことを起こしているような気がしてならない。

 それこそ、ユーリル単独の行いとしか証明出来ない事実しか残さなかったのではないか。


 では私たちは謀られているというのか?


 誰に?

 アルメスタか?


 それはさすがにないだろう。

 番を知る者が、十年も番と離れ暮らしていたとは思えない。


 アルメスタも謀られている?

 

 ならば他国か?



 だがここで十年も時間を掛けた意味が分からなくなる。

 番を攫い十年後に返す、この長い期間がどうして必要だったのか。


 他国との関係が悪化しているような事実もない。




 真実はここになかったのか?




 王太子は、改めて兄弟たちを順に眺めた。


 答えが得られなければ、押し寄せるのは強い後悔ばかり。


 ──こんなことになるならば、妹を城の中に閉じ込めておけば良かった。


 だが強く後悔する王太子は、それでもかつての自分が止められないことを知っていた。


 幼い頃からよく出掛けたがってきた王女。

 これを城に留めておくことなど、我らに出来ようか。


 自分にはさほどの権限がないから、王太子から王女に自由を与えて欲しいと弟から相談を受けたあの日。

 そして直接王女にお願いされたあのとき。


 もう一度それらの日々が戻ってきたとして、きっと自分はかつてと同じように王女の外出を許可してしまうのだろう。

 そのうえ『すべては王女の望むままに』と同じ指示を出す自分の姿も見えた。


 

 この甘さが、今回の事態を招いたとすれば。

 すべては自分のせいだったのではないか。


 王太子はアルメスタに何もした覚えはない。

 だがおそらくこのとき、兄弟たちのなかで誰よりも強く責任を感じていたのではなかろうか。


 外から見る者があれば、そのように理解したであろう。



 しかし王太子は、今ある事実をもとにしてこの場で決断を下さなければならなかった。






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