81.兄をなくす日


 妹や弟たちに必ずや自白させよう。

 兄である自分ならばそれが出来るはずだ。


 そういう過信も持って、王太子はこの部屋にやって来た。

 真実を拒絶したいと願う精神が身体をも酷く重たくしたが、自分は兄なのだからとそこに鞭打って、なんとか辿り着いた部屋の中で。


 王太子は気付いてしまった。

 部屋を訪れる時点では、妹や弟たちのことを完全に疑っていたということに。


 まさか、いやあの子たちがまさか。

 そう兄として心では彼らの無実を願いながらも。


 この兄にどうして真実を話してくれないのだ。

 ほんの少し前までこうして妹や弟たちに対し失望と憤りを感じ疲れていたのである。


 そしてそれが叶わず、謀られているのでは?という今までと真逆の疑いを持った今も。

 この事態を招いたのは自分ではないか、そう強く責任を感じている今でさえ。


 最初から考えていることには一貫して変化がない。

 だから王太子はそれを実行しようとしている自分の薄情さに打ちのめされた。



 ──妹が本当に何も知らなかったら?



 ──どちらの弟もまったくこの件に関与していなかったら?



 そのように囁く声が頭にはうるさいほどに響いているというのに。



 ──これでもまだ私は父王を責められるのだろうか。



 己に問うてしまえば、父王に失望し、父のような王には決してなるまいと、ほんの少し前に持った決意さえその形を保てなくなっていた。



 なのに口は勝手に動く。

 それが最良の判断として。



「ここに王太子として命じる」



 普段使わない表現を受け、第二王子は笑みを失い、第三王子は居住まいを正した。

 だがやはり王女だけはいつもと変わらぬ顔をして、一番上の兄を見詰めている。


「時が来るまで各々自室にて謹慎せよ。その間、外部との交流は元より、お前たち同士の交流も禁じる。世話人としてこちらが指示したものだけの入室は許可するが、彼らとの会話も禁じるものとする」



 ──私はここで妹と弟たちを失うのか。



 もうずっとぐらぐらと揺れていた王太子の感情が、不思議と凪いだ。


 たとえ彼らが無実であって、調査の結果それが奇跡的に証明出来たとしても。

 自らを切り捨てようとした王太子のことを彼らが兄として信頼してくれる日は来ないだろう。


 だがそれは可能性の酷く薄いまさに奇跡的な道であり、そうでない場合のこれから王家が演じる筋書きは王太子にははっきりと見えていた。

 見えていて、弟妹に逃げよと言うでもなく、自ら逃がすでもなく。



「何よそれ」


 王太子とて王女が不満を漏らすことは想定していたが。


「えー、また視察に行こうかと思っていたんだけど。あの領地結構広いからさぁ」


 姿勢を正した意味はなんだったのか。

 第三王子が不服そうにそう言ったことには、王太子も肩を落としたくなった。


 ここで第二王子がただ粛々と頷いてくれたことには、ほっとしたものである。


「何を言っても無駄だ。私が許可をするまで自室から出ることは許さぬ。事実確認のため調査官が部屋を訪問するが、これを受け入れるように。話せる相手は彼らだけだと思ってくれ」


「なんですって?わたくしの部屋に官を入れるの?そんなのあり得ないわ!」


「それが嫌なら部屋を変えてもいいが、その部屋からは一歩も出られずに過ごすことになるぞ。自室に戻れなくなるが、それでいいか?」


 ひとつだけまだ王太子が自身に対し希望を持てたところがこれだ。

 ぎりぎりのところに、まだ兄としての甘さが残っていた。


 ──最後くらいは少しでも心穏やかに自室で過ごしてくれ。


 その願いを持っている時点で、すでに兄ではないのかもしれないが。

 この想いは、王太子自身だけを救っている。



 王女はまだ喚こうとしていたし、このまま酷い癇癪を起こしそうにも見えた。

 拘束しなければならないだろうか。


 王太子が人を呼ぼうと立ち上がる寸前である。


「姫。兄上の言う通りにしよう?」


 掛けられた第二王子の落ち着いた声に、渋々という様子ではあったけれど王女も自室で過ごすことを受け入れた。

 また調査官が部屋を訪れた際には抵抗して揉めそうではあるものの……。



 王太子は目を閉じて立ち上がると、最後に弟たちと妹に向けて頭を下げた。


「私は……私はお前たちが弟で、妹で、本当に良かったと思っている。お前たちが何をしていたとしても、何もしていなかったとしても、それは変わらない。お前たちのために何もしてやれない不甲斐ない兄で申し訳なかった。何も出来ぬ兄を……許してくれなくてもいい。ずっと恨んでいてくれて構わない。だが今後がどうなろうと、私はずっと変わらずにいつまでも兄としてお前たちのことを想い続ける。それだけは許してくれ」


 それから王太子は静かに部屋を出て行くと、侍従らにあれこれと指示を出し、自分は部屋へと戻った。




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