79.無実の証明という難題


 妹は真実を隠そうとしているのか。

 見極められなくなった王子たち三人は自然に顔を見合わせていた。


 そこでまだ希望を見い出そうと、口を開いたのは第二王子だ。


「姫の出先で近くにいたことは分かりました。ですが私たち同様姫には護衛が付いていますし、姫の無実は容易に証明出来るのでは?」


 その通りだった。

 そしてそんなものは王太子も調査済みだ。


 だから王家による内部調査結果を得た日の王太子の苦しみは、胸が張り裂けるかと思うほどだった。


「……姫はいつも身代わりを置いて、自分は侍女に扮し外出していたのだ」


「は?侍女に扮して?何をしているんだよ。……だとしても護衛たちは見破るよな?」


 第三王子の言った通りだ。

 王族の護衛役は、当然騎士の中でも精鋭を集めている。

 彼らが護衛対象者を見間違うとは思えない。


 ところが。


「目に入ることは許さぬと、常々指示し遠ざけていた。そうだな、姫?」


「なんだよそれ。危ないだろうよ」


「そうだな。私も賛同は出来ない。護衛を離すなんて危険過ぎる」


 第三王子、続いて第二王子にまで苦言を呈され、王女は頬を膨らませた。

 ここまで来ても、まだ自身の置かれた状況を理解出来ていないのだろうか。


「野蛮な騎士なんか恐ろしくて近くに置きたくないわ。だからわたくしの見えるところにいないでとお願いしただけよ。それにわたくしにだって、一人で出掛けたいときがあるわ!別にどうってことなかったわよ。侍女たちだって平気で一人で出掛けているでしょう?いつものことなのに。どうして今になって急に怒るわけ?それもお兄さまたちが揃って怒るなんて。今日のお兄さまたちは変だわ。わたくし、とても悲しいわよ?」


 王女の訴えは兄たちの心に響かなかった。

 いつもの兄たちならば、すぐに優しい声を掛けて慰めてくれるというのに。


 そもそも兄たちがこんな風に自分を咎めたことなどない。


 何か変だ。

 流石の王女も気付き始めたか。


 その瞳の先は忙しなく三人の兄たちの顔の間を踊っていた。



「……これはまずいですね」


 第二王子が言えば、王太子はさらに一段と疲れた顔で頷いた。

 王女がアルメスタの番に接触していなかった、と証明出来る者がないのだ。


 もちろん王家として証人をでっちあげることは出来る。


 しかしこれだけ証拠を集めてきたアルメスタだ。

 まだ隠している証拠があるやもしれないし、その情報収集能力も見事なもの。

 いずれは偽証であったことを証明してしまうかもしれない。


 これが偽りだと判明したとき、かえって王女は追い詰められることになるだろう。

 それどころか王家は完全に信用を失うこととなる。


 王太子だってなんとか正しい理由を持って王女を救いたいとは願っているのだ。

 だがこれまでの王女の行動が、悉く王太子が考え付く案を棄却していく。


「でもさぁ、うちの姫がユーリルと通じていた証拠なんてないんじゃないの?それならアルメスタが言い掛かりを付けてきたことにしちゃえば?」


「確かに。会っていない証明は出来なくも、会っていた証拠もまたなければ……まだいけますよね、兄上?ユーリルの方が王家を謀ろうと動いていたとすればいいのです。姫の外出予定がどこから漏れていたか、という話にはなりますが……罪人を用意しましょう」


 第三王子の明るい声に、賛同して希望を乗せた第二王子の言葉が、張り詰めていた室内の空気を若干和らげた。

 しかしそれも束の間、王太子が無情に首を振ったことで、すぐに重々しい空気が兄弟たちの身体へとのしかかる。


「姫が好んで足を運んでいた王都の店のひとつ。そこがユーリルの経営していた店だった」


 もう閉店してなくなったけれどな。

 王太子は最後の情報を投げやりに付け足した。彼はもう疲れ切っている。


 護衛を遠巻きに連れた姫としても、一人の侍女姿でも、王女は城の外に出れば必ずと言っていいほどに、その店に寄っていた。

 異国雑貨を扱っていたその店の商品は、今も王女の部屋に並んだまま。


 これだけ何度も店に通っていれば、目撃者も多数いるだろうし、何より証拠となる品物がある。

 たとえ品物はすべて廃棄したとして、誰かも分からぬ全員の口を塞ぎ、王女とユーリルの接点を否定することは出来ない。


 たとえ本当にただの客として、店に通っていたとしても。



 それから王太子はもっと疲れることになった。


「そういうことでしたか。お話は理解出来ました。それでは私たちが疑われても仕方がありませんね。諸侯らには私たちが姫をどれだけ大事にしているか知られていることでもありますし」


 第二王子がまだどこか他人事のようにそう言ったのだ。

 王太子は信じられないものを見るように、弟を見詰め返す。


 よく知る上の弟の顔からは諦めのような感情しか受け取れなかった。




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