77.真実を手にするもの
兄弟全員が着席すると、挨拶もなく王太子は話を切り出した。
「聞きたいのは十年前の話だ。アルメスタの番が気に入らない。姫がそう言ったというのは正しいか?」
長兄がこんな話をするために会いに来るとは考えたこともなかったのだろう。
ぱちぱちと目を瞬いた王女は、一番上の兄を不思議そうに見返した。
「急にどうされましたの、お兄さま?」
「事実を確認するだけだ。かつてそのように言った覚えはあるか?」
「え?えぇ、そうね。お兄さまにも言ったのではないかしら?」
記憶の片隅に置いて来た。
王太子にとっては、その程度の記憶だった。
そうなれば当時幼かった王女自身の記憶など怪しいものとなろう。
王太子としては、他のことに興味を持つよう妹を促したように思う。
いくら当時の自分が若かったとはいえ、アルメスタの嫡男、それも番を知る者たちに、何かしようという考えを持つことはなかったと、王太子は記憶がぼんやりしていてもそれだけは確信していた。
そしてこの妹のことだから、その後他の兄弟たちにも同じ話をしていたのではないかと想像している。
若かった自身を浅はかだったと思うのは、そこまで手を打っておかなかったことだ。
当時の自分が弟たちに何もしないよう忠言出来ていたら、こんな騒動は起きていない。
だが不思議にも思う。
下の弟は分からなかったとしても、上の弟は当時から聡明で、アルメスタに自ら手を出すような愚かな真似をしていたとは思えないのだ。
それが大事な妹のためであったとしても、番を奪い十年も監禁する意図が分からない。
気に入らないと妹が言っただけの話なら、アルメスタとその番が目に入らぬように配慮してやればそれで済む話だ。
王家の力を持ってすれば容易にそれは実現出来る。
「姫よ。他に何か言った覚えはないか?」
やはり王女の記憶は不確かなのだろう。「他に……何かしら……?」と首を捻るばかりで、言葉が足されることはなかった。
そこで王太子はまだ覚えている希望のある弟たちへと話を向ける。
「お前たちは姫の願いを叶えようとしたのだな?」
すぐに答えは返ってこなかった。
だが第三王子、そして王女の視線が、揃って第二王子の顔へと注がれていることを確認出来た。
王太子は問い掛ける相手を絞る。
「アルメスタの番を攫うよう動いたのはお前か?」
しかし第二王子は迷いもなくこれを否定した。
「いいえ、違いますね。私は何もしておりませんよ?姫がいつでも憂いなく過ごせるようにとは願っておりますけれどね」
「ユーリルを動かしたのだろう?」
「ユーリル?あぁ、アルメスタの番を攫った者たちがユーリル侯爵家お抱えの商会の関係者だったのでしたね」
「もうそのような嘘は要らぬから正直に答えてくれ。お前はアルメスタに何をした?」
王太子は疲れ切った表情で若干投げやりにそう言った。
今さら嘘を並べられては、アルメスタ家に対処出来ない。それでは困るのだ。
「何をと言われましても……あぁ、もしかしてあれかな?」
記憶を辿る間を置いた第二王子は急に渋い顔を見せてきた。
「ユーリル侯爵に気持ちを吐露してしまったことがありましたね。まさか彼がそのように動くとは思ってもみませんでしたが……え、もしかして?それで私が悪いという話になっているのでしょうか?」
「あくまでお前は指示を出していないと言うのだな?」
「当然ですよ。ただの第二王子である私に諸侯を動かす権限はありませんし。私が指示を出すことなどあり得ません」
「ただの……当時ユーリルに何を言ったか覚えているか?」
下の弟と妹の手前、第二王子の発言から気になったことを王太子は追及しなかった。
「確か……そうですね……あのときは……『大切な私たちの可愛いお姫さまの気分を悪くする者たちをどうにか出来ないものか』、そのようなことを言ってしまったかもしれません。十年も前のことなので記憶はあやふやですが……」
「それだけでユーリルがあれだけ動いたと?」
「理由は分かりかねますが……王家に恩を作ろうと思ってのことではないでしょうか?」
「はじまりにお前の意図がなかったとして、その後はどうしてユーリルが王家の都合よく動いていたというつもりなんだ?」
第二王子は首を傾げた。
これもまた本気で分からないという顔だ。
弟を疑いたくない王太子の心が揺れる。
「ユーリル侯爵と個人的に会う機会などありませんでしたけれど……。王家の都合よく?何かそう考えられる理由があってのことでしょうか?」
「あくまで知らぬと言うのだな?ではなぜ外出先が一致していた?」
「外出先……ですか?私の外出先にユーリルがいたということでしょうか?」
王太子の視線が王女に落ちた。
その瞳に心苦しいと書いてある。
「姫が出掛ける先だ。何故そこにアルメスタの番がいたと聞いている」
ついに王太子は核心へと迫っていく。
その心はより強くぐらぐらと揺れていた。
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