76.王様は知らない

「大事な臣下の多幸です。盛大に祝いましょう」


 息子から提案があったとき。

 何ら疑わなかったことを私は恥じなければならないのだろうか。


 確かに私は長く王にあるうちに自分の立場というものを忘れてきた。

 あれを失ったあとには、完全に忘れてしまっていたと言っていい。


「我らの優しき姫も是非とも二人に会い祝福がしたいと言っておりましたよ?」


 よくぞ斯様に心優しき姫に成長してくれた。

 妹を大切にして臣下をも思い遣れる息子たちもそうだ。

 素晴らしいことではないか。


 親としての想いしか感じなかった。


 私は王である前に彼らの父親なのだ。

 まさか子どもたちが関与しているなどと思うはずはないだろう?

 それに息子は当初より「かの番を探させている」と言っていた。「この国で斯様なことが起きてしまったことは大いなる失態」「責任を感じている」とも言っていたのだ。


 そんな息子も時が過ぎると、さらに自信をなくしたような顔を見せるようになった。


「私たちに探せないとなれば、もう国外に逃がしてしまったのかもしれません」


 それならば国境の通行証も渡してやれば良いだろうか。

 浅はかにもそのように考えた私に、「さすがにアルメスタに自由に国外に行かれるわけには……」と忠言してくれたのも息子だ。



 アルメスタの倅が番を奪われたようだという報告を受けたとき。

 私がどれだけ肝を冷やしたか、誰もこれを想像出来ないだろうな。


 番を知る者とは平穏無事にほどほどの距離で付き合いたいと願ってきたというのに。

 問題の発生点がよりによってアルメスタ家の嫡男。それもあれの息子だ。


 ──本人たちが心を病んでしまうだけで済めばいい。


 そのように考えていることは誰にも決して悟られぬよう念入りに注意して、私はこの国の平穏無事だけを祈った。


 ──どうにもならないときには、番同士で消えてくれるのが最良。


 王だからこその考えであり、別に私が非情な王だというのではない。

 これまでの王とて同じように考えるはず。



 しかしアルメスタの倅は最初の自己破壊の衝動を無事に生き延びた。

 そして番を探す旅に出たいと言う。

 アルメスタはそのためだけに倅に公爵位を譲ると言ってきた。


 貴族が他領に軽々と足を運び困るのはその領地の貴族だ。

 そしてそのように貴族が領地の境界を気にせずに移動することは、諸侯に領地を与えている王家としての立場が揺らぐものでもあった。


 仕方がないので私は権限を与え、代わりに仕事を頼むことにした。


 さすれば、まぁよく働いてくれたものだ。

 移動先で各家の不正を暴き過ぎてくれたおかげで、私の仕事は増えていく。


 だが諸侯からアルメスタの次代への信頼が失われたことは良かったように思う。

 アルメスタは権力を強く持ち過ぎていると、それはまだ王太子時代から感じていたことだったから。

 そういった権力の集中する家にひとたび番を知る者が出れば最悪なのだ。


 同時に不正を行った貴族たちを大人しくさせることも出来た。

 思わぬことから王家の権力が強まる方向に世が動き、私は少しくらい忙しくても、アルメスタの倅を許そうと思ったのだ。 



 

 そんなアルメスタの倅は、恩を仇で返す男だった。

 番が見付かればもうどうでもいいと与えた仕事は放棄して、王家の打診に断りを入れてきたのだ。


 これだから番を知る者は嫌なのだと、改めて感じたものである。


「アルメスタの先代夫妻も招いて祝いましょう」


 その息子の提案だけは、快く頷けなかった。

 あれは遠くにいてくれた方が有難い。


 だがこちらの願い叶わず、あの夫妻が王都に出て来てしまった。

 王都に戻った連絡の挨拶を無視するわけにはいかない。


 そこで私は彼らに書状を出していたことを知ったのだ。


 すぐに息子を問い詰めた。


「あなたにお伺いしたわけではありませんでしたからね」


 息子は悪びれずにそう言った。

 息子であるのに知らぬ者と対峙しているようで、私は震えてしまった。


 その感覚がまさに、生きている頃の弟に覚えていたそれと同じだったからだ。


「ご自身のお立場についてはよくご存知でしたよね?耄碌して忘れてしまったというのであれば、私たちにも考えがありますが?どうされます?」


 私は最低なことに「この立場をに譲る」と言ってしまった。

 なんということだろうか。

 あの子は半人前であるし、まだまだ教えたりないことも多く、王になるには早い。

 それにまだ若い一人にこの苦しみを押し付けたくはなかった。


 だがそうか、苦しむときは結局一人。

 椅子には一人しか座れないのだ。


 だからもまた私と同じように……。


 すると息子は頷いだ。


「こうなってしまった責任は私にあります。ですがまだこちらは代わりがおりませんからね。弟には無理でしょう。あなたに席を譲っていただくしかありません」


 そのための私だと、息子は当たり前のように言った。


 私だって知っている。

 だがまさか、息子からそれを聞くことになるとは思わないだろう?


 何故……何故先に逝ってしまった?


 何故……何故彼らがついていて先に逝く?


 何故……まさかそんな──。



 にこりと微笑んでいる息子が、怪物のように見えていた。

 私の子どもたちに、このような者がいたであろうか。


 私は知らない。





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