74.知らない者に罪はないか


 この国の王族は、個人の名をとても神聖視している。

 だから同じ王族であっても、王族の個人名を口にすることはない。


 それがいつからどういう理由で始まったか。

 長い歴史の中で真実は埋没し、今となってはその理由は”王族が神聖なる存在だから”という一言で収まっている。


 だが長い歴史の中で時にはその理由に思い至る王族もあったようだ。

 彼らは証拠のないそれをあえて子孫のために記しておこうとは思わなかった。

 それは彼らの興味が子孫などには向かなかったからであろう。



 そして現在。

 帰城を待ち構えていたように、自室に戻ったばかりの第二王子の元に第一王子でもある王太子が現われた。


「やっと戻ったか!聞きたいことがあるんだ!アルメスタに何かしたのはお前か?」


 珍しく肩で息をして、額に汗を浮かべる兄を前にした第二王子は、苦笑を浮かべながら言った。


「ただ今戻りましたよ、兄上。アルメスタ?仰る意味は分かりませんが。そのように兄上が焦っておられるということは、何か大変なことがあったのですね?」


 本気で何も知らないという顔を返され、王太子は困惑を示す。


 だが他に誰が……疑われた妹の顔を思い出しても、王太子には妹一人でこのような大掛かりな企みが実行できるとは思えなかった。


 それにあれでも優しい子だ。

 確かに気性の荒さが目立つ日もあるが、幼い子どもを傷付けるような妹ではない。

 かつて壊していたものだって、物が主だった。


「……本当に知らないと言うのだな?」


 答えが出ぬまま、王太子はもう一度だけ第二王子に問い掛けた。


「申し訳ありませんが、私は何も聞いていないのです。実力が足りぬということで、大変お恥ずかしい限りですが。本当に申し訳ない」


 殊勝に謝る弟を見て、王太子は焦る。

 彼にとっては大事な弟。

 出来ることなら疑うことをしたくなかった。


 やはりアルメスタが、言い掛かりを付けてきただけではないか?


「いや、こちらも疑うようなことを言ってすまなかった。戻ったばかりで疲れているところ悪かったな」


 と言った王太子はひとつ頷いたあとに、「アルメスタが面倒事を言ってきてな。そのせいなんだ。と話すことは可能か?」とさらに第二王子へと問い掛けた。


「これもお恥ずかしい限りですが、ろくに引継ぎが出来なかったこともあり、私はまだそこまでの信頼を得られていないのです。まずは陛下にご相談しないことには……」


 第二王子が肩を竦めれば、その肩にぽんと手を置いて第一王子は微笑む。


「気にすることはない。私もまだ陛下から執務の一部しか任せて貰えぬ半人前だ。お互いに私が王位につくまでに形になるよう努めればいい」


「兄上にそのように言っていただけると安心しますが、なるべく早くお力になれるよう頑張りますね」


「うん、私も弟に恥じぬ王になるよう頑張ろう」


 それから弟に身体を労わる言葉をいくらか掛けたあと、焦った様子のまま王太子は部屋を出て行った。

 アルメスタの面倒事が割り込んできたせいで、後回しとなった通常の仕事が山積みなのだと言う。


 しかし王太子はもう、アルメスタの件は父である王に丸投げしようと決めてしまった。

 王にならなければ得られない情報というのがある。



 遠ざかる足音を耳にしながら部屋に一人となった第二王子は、ぐいっと天井に向けて両手を伸ばすと独り言を漏らした。


「さてと。私はお姫さまのご機嫌伺いに行って来ようかな。あぁでも着替えてからにしないとね」


 声を弾ませた第二王子は、さっと室内を見渡したあとに一人微笑む。


「長く退屈していただろうから、こちらに呼ぶのがいいね。お土産は並べて。あの子の好きそうなお菓子も今日はいつもより多く頼むよ」


 それは独り言だったのに。

 第二王子が自分で湯浴みと着替えを終えて部屋に戻れば、すぐに王女が部屋に飛び込んできて彼に抱き着いた。


「お兄さま!おかえりなさい!会いたかったわ!」


 室内には美しく包装された大小さまざまの箱が重ねられていた。

 テーブルの上にはあらゆる種類の菓子が並び、温かい紅茶も用意されている。


 兄妹はどちらも疑問を頂かずに、ひとしきり再会を喜び合ったあとには、普段と変わらずソファーに並び座ってお茶を始めた。


「ねぇお兄さま。あの穢れた子は──」


 それは王女がさっそくと話を切り出したところである。


「ただいま戻りましたー!入りまーす!」


 明るい声で部屋に飛び込んできたのは、第三王子だ。

 こちらは自ら王女に駆け寄ると、「会いたかったぞー」と叫びながら彼女を抱き締めた。


 王家の兄弟たちの仲はこの通り良好である。




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