71.その番は今日も片想い


 賑やかな声がしなくなれば、ジェラルドはやはりいい気分となっていた。


「こうなったら徹底的に甘えようではないか。なぁ、セイディ。ルドと一緒に親に甘えような?」


「はい!あまいはいいことです!あまい、おいちい!」


 ん、ちょっと待て。

 認識の齟齬がありそうだぞ?


「セイディ?父上や母上から甘えなさいといつも言われているのだよな?」


「はい!たくさんあまえなさいです。ぷりんたくさんたべましゅ!」


「おぉ……そう来たか……」



 沢山甘えなさい。

 いくらでも甘えていいのよ。


 その後出て来るセイディを甘やかすためのプリン。


 プリンは甘いから。


 甘えなさいは、プリンを食べなさい。



 …………あながち間違ってはいないな。



「はやくぷりんたべたいです」


「うん、急いで貰おう」


「おとうしゃまとおかあしゃまもぷりんたべましゅ」


「大丈夫、二人ならすぐに追いつくからな。ルドと先に店に行ってプリンを食べよう。それで二人が来たらもうひとつだ」


「ぷりん、もうひとつ!おかわりです!」


 子どもの脳内変換を侮ってはいけない。都度確認は大事。

 ジェラルドはひとり頷いた。


 しかし甘いのはいいことである。そしてプリンは美味しい。



 ジェラルドはまた油断していた。

 愛しい番の頭の中は、すっかりプリンでいっぱいになっていると信じていたために……。


「るどはいいかおりです」


 会話が馬車に乗り込んだ時点に戻った。


 ジェラルドの瞳がまた大きく見開かれる。

 まさか!これは番の感覚が──。


「おかあしゃま、おはなのかおりします。おとうしゃまはいんくのかおりです」


 がっくりと落ち込むジェラルド。


 またここで母上と父上の話だと?

 いや、落ち着け。

 まだセイディは二人がいいかおりだとは言っていない。


 落ち着け、落ち着け──。


「おふろのおはな、とてもいいかおりです!」


 ぐはっ。

 風呂に浮かべた花に負けただと。

 いやいや、違う。人として一番好きな香りが私だ。まだ誰にも負けては──。


「じじょみんないいかおりします。でもそふぃあがいちばんいいかおりです」


 なんだとぉ!

 いや、待て。侍女の香りはあれだ。香油か何かの匂いで。

 番のそれとはまったく違うはず。


 そうだ、落ち着くんだ。

 

 人としての純粋な香りなら私が一番に決まっている──。



 ごくりと喉を鳴らした後に、ジェラルドは意を決して聞いた。



「なぁ、セイディ。一番好きな香りはなんだ?」


 ジェラルドは聞き方を間違えたのだ。

 せめて人間だけを対象としておけばよかった。


 だがその答えが自分ではなかったら──。

 これを恐れたジェラルドは、またしても間違えた。


「いちばんはぷりんです!とてもとてもいいかおりがします!ぷりんだいすきです!はやくたべましゅっ!!!」


 プリンに完敗し、心を散らせながら甘さを憎んだジェラルドは、がっくりと肩を落とす。

 もはや甘いものはいいと感じ入っていた記憶はジェラルドの脳内からさらりと掠れた。


 はたして。

 セイディが番の特別な香りを識別する日は来るのだろうか。




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