63.心荒ぶるおとうしゃま
やめだ。やめだ。
家は家。
余所は余所。
王家は王家。
アルメスタ先代公爵は、我が家の自由な使用人らのことはそれ以上考えないことにした。
まだこの場に残る公爵家の護衛たちが、早く邸に戻りたいのですが?まだ護衛要りますかね?もう帰っていいです?と訴えてくるのはどうなんだ?とここで疑問を持ったら終わりだ。
早く片付けてくださいよ。でないと先に戻りますからね?お館様ならおひとりでも大丈夫ですし。何かあったら?いやないですって。はは。大奥様といらっしゃるお館様に限ってはそれはないです。
と宣うのは、まだセイディには姿を見せない先代公爵の侍従である。
トットがあれだけ自由な侍従であるのは、誰のせいかよく分かる男がいたものだ。
身内であり味方であるはずの者らから、ひしひしと「はよせえや」という圧を受け。
アルメスタ先代公爵レイモンドは、人知れず心を掻き乱していく。
あのなぁ、おとうしゃまだって早く帰りたいのだよ。
あぁ、違うな。早く店に行きたいんだ。
可愛いセイディちゃんが、今日はおとうしゃまと一緒に特別なプリンを食べるんだって、あれほど張り切って言っていたよね?君たちも知っているでしょ?
それに今日はとても頑張ったセイディちゃんにいつもより沢山よしよしするから忙しいんだ。
あとで一緒にお仕事をする約束もしているからね。こっちも頑張らないと。
もちろん愛しいシェリルも一緒にだよ。私の執務室で二人に食べて貰う予定の今日の分の菓子だって用意してあるんだ。
そうそう、ドレスも三人で買いに行こうと約束したから計画を立てないと。ほら、うちの息子のセンスは怪しいだろう?シェリルが是非に私に選んでくれと言うんだよ。セイディちゃんもおとうしゃまが選んだドレスを着るのを楽しみにしていてさ。
今日はのんびりその予定を立て……。あぁ、でもセイディちゃんとの勇者ごっこも楽しみたいなぁ。
いやぁ、シェリルには後で叱られるんだけどね。でもほら、叱った後にさ。実はあなたの魔王役が素敵でしたって言ってくれるものだから。セイディちゃんもおとうしゃまの魔王を倒すのが一番楽しいって。は?トットの方がお気に入り?何を言うか。あんな若造と比べられるほどまだ私の腕は落ちていないぞ?なに?ヘンリーだ?あれはならん。あれは魔王としての何たるかを何ひとつ理解しておらんぞ。絵本をろくに読んでいないと見受けられる。公爵家の庭師たるもの何事も深読みせねば。何故魔王は魔王になったのか、話はそこからだ。
あぁ、早く帰らないと!
この王族娘はいつも余計な邪魔をしてくれるな!
無視して帰ればいいのではないか?公爵家としての体裁?
王家としての体裁を整えないこの娘相手に必要か?
「では失礼ながら、挨拶は控えさせていただきましょう。先の発言についても、同じように受け止めてよろしいですな?」
心の騒めきを巧妙に隠して、柔和な顔をしたままレイモンドは王女に確認した。
妻シェリルが腕に手を添えてくれていなかったら、その感情は隠し切れていなかったかもしれない。
いや全然隠せてはいないですよ?
声がめちゃくちゃ低くなっていますからね?
そんなお声セイディさまが聞いたら泣いちゃいますって。
あと大奥様に隠し事なんてお館様には無理ですね。
なんて声は聴かなかったことにする。
「しつこいわね。ただの個人的な感想として受け止めなさい。わたくしにも私情はあるわ」
それは私情はあるだろう。
だがその私情を出すことが許される時と場所というものがある。
だからあなたは王族としての及第点も貰えないのだ。
王族として価値ない王女の先行きを、あなたはどのようにお考えで?
ろくな未来は描けませんよ?
レイモンドの心の問いを察したのだろうか。
ぷいっと顔を背けるようにして、王女は急に歩き出した。
挨拶も出来ないのかと言っていたのは誰か。
元々アルメスタ先代公爵のような口達者な貴族たちとやり合える教養のある王女ではない。
王宮の奥の部屋に籠り、王女として守られている方が似合いだ。
部屋に帰るならそれが最良だろう。
そうしてまた従者たちは頭をへこへこと下げたのち、王女を慌てて追いかけていく。
彼らはただちに再教育するなり、挿げ替えるなりした方がいいだろう。
もしもレイモンドが王家に忠義を持っていたら、即刻進言しているところだ。
だが今の王家には不信感しかないレイモンドはそれをしない。
「間違いなさそうね」
言ったのは、レイモンドの腕に手を添えたシェリルだった。
これにレイモンドは深く頷き同意を示す。
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