62.父上、お任せしましたよ?
こちらに向けられた父親の目が語る意志を、ジェラルドはしかと受け止めた。
一度頷いたジェラルドは、誰にも挨拶をせずにさっさと足を進める。
ジェラルドの侍従もまた何も言わず、これに追従した。
丘の上から馬車までは距離がある。
その移動の間、人々はやはり僅かでもセイディの顔を見ようと試みていたが、ヴェールの内にあるセイディの瞳はどの人も捉えることがなかった。
セイディがジェラルドに抱かれ揺られながらじっと見ていたのは、胸の前に手を置いて後ろから追い掛けてくるトットだ。
トットの閉じた手の中から、時折花が咲いた。
かと思えば、花が消えて、開いた手の中には何もなくなり、また閉じて開くと今度は小さなぬいぐるみが出て来た。
「おはなないないです。うしゃぎ……ねこ!……うしゃぎ?はぅっ、くまでしゅっ!」
さすがアルメスタ公爵家の出来る侍従。
大人たちの醜いあれこれは、今のセイディには経験の必要がない。
子どもたちはまだ守られていたらいい。
息子たちが無事遠ざかっていくことを確認したアルメスタ先代公爵は、視線を王女へと戻した。
「ふぅん。挨拶も出来ない子なのね」
先ほど滲ませた怯えは鳴りを潜め、変わらぬ可憐な声で王女は言った。
可愛らしい声のせいか、棘のある言い方が余計に際立って耳に届く。
甘やかされ過ぎた弊害か。元の気質か。
あるいはその両方か。
いずれにせよ王族としては落第点だ。
アルメスタ先代公爵は不敬にも王女を値踏みした。
成長は感じられず。むしろ後退しているよう。
さすればその価値に見合う応対をするだけ。
「あぁ、これは失礼をしましたな。私たちもまだご挨拶もしておりませんで。されどまさか王女殿下がこの場に王族としてご参列されているとは考えていなかったものでしてね。えぇ、左様なことであれば、ご挨拶はかえって失礼かと考えておりましたから。我々は間違っていた、そのようにここで認識を改め反省すべきでしょうか?」
「……そうね。個人的に来ているから挨拶はよろしくてよ」
含みある間を置いて王女が言うと、王女付きであろう侍従と侍女が真っ青な顔をして頭を下げた。
彼らは従者失格であろう。
アルメスタ公爵家とは別に、この場に紛れていた王家の護衛たちまで頭を下げている。
彼らも同じく護衛として失格。
主君が決めたこと。それに絶対服従というのもいい。
下々の者たちには意見させない主君もいるからだ。
その場合はその主君が全責任を取る、というのが条件となろう。
仮にその主君が無責任に下々の者たちに罪を擦り付けるというなら、そんなところで働くなと言いたい。
が、立場を選べない者がいることも知っているため、先代公爵は特別何もしない。
不運だな、と言うくらいか。彼はそう他人に優しい人間ではないのだ。
だがどんな主従関係にあろうと、主君が過ちを犯しているという認識を我々は持っていますよと分かる態度を他家の者に示すことはいただけない。
それなら彼らは主君が行動を起こす前に主君を諫めるべきだったのだ。
申し訳なさそうに頭を下げて、一体何の意味があるというのか。
その身の上で主君の代わりには絶対になれないというのに。
主君の過ちの責任を取って首を切られる覚悟を持つのは勝手にすればいいが、彼らの首にそれに見合う価値はない。
ここで頭を下げることは、主君にも相手にも不敬としかならないのである。
アルメスタ公爵家に雇われている者たちはどうか。
彼らが他家の者の前でこのように振舞うことはまずない。
たとえこちら側に落ち度があったとして、主君は絶対正義という顔で平然としているに決まっている。
だからと言ってアルメスタ公爵家に雇われている者たちが従者として完璧かと問われると甚だ疑問だ。
彼らは少々服従の意志が弱過ぎるし、今や優先事項が主君になくなり、主君を過ちに導くことがあるという問題も抱えていて……うちの者たちの方が従者失格ではないか?
うん、うちの者たち、おかしいよね?
アルメスタ先代公爵レイモンドは覗いてはいけない深淵を覗いてしまった。
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