64.父上も母上も場所を選んでください
「あの執着はそれだろうね。私にも似た感情に覚えはあるよ。あぁ、勘違いしないでおくれ。あのような他者への執着は私にはなかった」
レイモンドはかつてを懐かしむ。
だがもうそれがどの程度のどういった感情だったのか、薄っすらとしか思い出せない。
積み重ねた番との幸福な日々は、かつてを記憶の彼方へと押しやってしまった。
「分かっておりますわ。あなたはそういう人ではないもの」
「うん、君がそう言ってくれて嬉しいよ、シェリル」
心地好い風の吹く丘の上だけれど。
ここが墓地であることを、二人は忘れていないか。
それから多くの者たちが移動を待っていることも──。
下がり始めた陽光に照らさた先代公爵夫妻は、自然に手を取り合い微笑み合う。
「私たちは幸運に恵まれたわね」
「あぁ、私たちは果報者だ」
「お可哀想に。あの様子では、生涯知らないままというのも考えられるわ」
「他人のそれは知らぬさ。だが出会うときがくれば、やっと自らの行いに気付かれ後悔するのかもしれないね」
レイモンドが斯様に他人に冷たくあっても、シェリルがこの夫に幻滅することはない。
それは番だからなのだろうか?
番は惹かれ合う。それはその血が決めた。
その時点で性格の相性も適合しているのだろうか。
それとも本来ならば慕うことのない性格の相手でも番となれば慕ってしまうか。
これは誰にも研究しようがなかった。
今時点での話だ。
「それはどうかしらね?」
と言ったシェリルは王女が去った方角に一度目を向け、「本当にお可哀想な方」とまた同情する。
それはレイモンドの分も含んでいるのかもしれない。
だがそれはそれ。
「だとしても許してはやれぬよ」
「もちろんですわ。誰が許してあげるものですか。私たちの可愛いセイディちゃんにしたことは忘れなくてよ」
「あぁ、私たちの娘にしたことの償いは確かにしていただかなければ」
番を知る夫妻だからこそ。
番を奪う人間は許せない。
「陛下方も、最初からご存知であったのか、今になって知ったのか。その辺りのお話をよくよくお聞きしなければなりませんわね」
「お顔色の悪さからすれば、今さら知ったご様子ではあったがな。我々に向けた演技ということもある。あとは子らがどこまで関わっていたかだが」
「うふふ。大きく括れば、おいたした方々には違いませんわ」
「分かっているとも。私に任せておきなさい」
「あら?これまでよろしくしていただいた王妃さまとは、私も改めてお話させていただきますわ」
「うん、無理はしないでおくれ」
「あなたこそ」
うっとり見詰め合っているが、だがしかしここは墓地である。
されどもレイモンドという男をよく把握しているアルメスタ公爵家の関係者らは、誰も語り掛ける者はなかった。
あれほど先まで騒がしかったくせにだ。
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