58.公爵を苛立たせる貴人
今日纏う黒いドレス。
それがおかあしゃまと同じだと喜んでここに来たセイディは気が付いていただろうか。
この場の女性たちが皆、黒いドレスを着ていることに。
そして突然声を掛けてきた女性は、ドレスだけでなく黒いヴェールまでセイディとお揃いだった。
セイディの視線が泳ぐ。
ここに来てからはじめて周囲の人間の様子に興味を持ったに違いない。
侍従はこれを素早く察し動いた。
指示を出し、良からぬ人間はいち早く側から排除していく。
セイディの心が悪い方に動かないよう願いながら。
けれども彼らにも排除出来ない人間というのがいた。
だから侍従は心して、主人の番の様子を観察する。
もちろん誰が相手であろうと、主人共々お守りする意識も常に忘れない。
「まぁ、あなた。わたくし、ずっとお会いしたかったのよ。それがようやく叶ったのが、こんな場所になるだなんてね。十年も大変でしたでしょう?それでこのたびは大切なご両親と弟君まで。あら、いやだわ、わたくしったら。弟君とは生前にお会いすることも叶わずにお別れになってしまったのでしたわね。なんて不運でお可哀想な方なのかしら」
セイディは、どうやら自身が話し掛けられているとは思っていないようだった。
女性に反応を示すことなく、何も分からないままにその顔は大きな肩へと埋まって、何も見えなくなる。
幼子からの人々の観察は終わりだ。
ほっとしたのはジェラルドだけではない。
すんと息を吸ったセイディがほぅっと息を吐いたとき、アルメスタ公爵家の関係者たちは心底安堵した。
セイディの頭の中はきっと、もうプリンでいっぱいだろう。
早くこの場を去らねば。
ジェラルドの冷えた視線は、セイディを抱えたままに女性に向かった。
ヴェールで顔を隠そうと、ジェラルドはその声をよく知っている。
『私の番に話し掛けるな』
吠えるように睨んでいるというのに。
「ねぇ、お顔が見たいわ。わたくしには、見せてくれるわよね?」
ジェラルドの冷たい眼差しなどヴェールで見えぬというのか。
アルメスタ公爵家の者たちのあからさまな拒絶の態度を意に介さず、女性はさらに言った。
頭上から明るい日差しを受けた丘の上に、本来満ちているはずの穏やかな陽気を容易に払いのける冷え冷えとした空気が足元からじわじわと広がっている。
関係者ではないのに、そそくさと逃げるようにこの場を去る者たちも出てきた。
もちろん葬儀は終わったので帰宅は自由だ。
そういったものを、女性は感じられないのだろうか。
「申し訳ありませんが、王族方にご挨拶出来るような状態ではありませんので。度重なる心労にご配慮いただければと願います」
挨拶もなく、ただ願いを述べた。
そんな失礼な態度にあるジェラルドを、先代公爵夫妻は咎めない。
それどころか、二人もまた頭を下げるでもなく、優雅に微笑して息子の側に横並びに立っていた。
そう、この女性は現国王の娘。
王女殿下だ。
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