57.今度は咲いた花々を見に
セイディは葬儀が終わるまで予定通りおすまし……いや途中からはジェラルドに抱かれ眠っていた。
慣れない場所に出て来て疲れているのだろう。
ここに来るまでにセイディは訓練を重ねてきた。
葬儀ごっこというのは不謹慎かもしれないが、それに近いことが邸の一室では日々繰り返されて、もちろん最後は特別なプリンのご褒美付きだ。
問題だった外出についても頑張った。
最初は馬車で広い公爵邸の敷地内から、それが敷地外を囲む道を周回するようになって、そしてとうとう邸の外でセイディは馬車から降りることに成功した。
それも最初はほんの短い時間、ジェラルドに抱えられた状態で、そのジェラルドが数歩道を進んだだけであったのだけれど。
時間がない中で、日々目覚ましい成長を遂げたセイディは、ようやっと外食を経験することになる。
アルメスタ公爵家が手を回した店で。
しかも貸し切りで。
当然他に客はなく。
なんならそこで出たプリンを作った者も料理長のルースだったけれど。
アルメスタ公爵邸の外のお店で特別なプリンを食べ切ったセイディは自信を付けた。
それはもう嬉しくて誇らしかったようで、邸に戻ってから先代公爵夫妻、そして使用人らに延々と外でプリンを食べたのだと報告し続けたくらいだ。
皆が褒めてくれて、ますます自信を持ったセイディは、それから毎日外でプリンを食べた。
連絡が入ったのは、はじめての外食から五日目。
それはまるでセイディの変化を待っていたかのようで、アルメスタ公爵家の者たちは警戒心を強めることになる。
葬儀の日取りが決まった、との連絡だ。
いや、まさか。
しかしまさかという出来事が何度も起こっている。
内まで疑わねばならないだろうか。
一部で渋い顔をする面々はあったけれど。
セイディはこうして葬儀の場に足を運ぶことが叶った。
今はよく分かっていなくとも。
いつか理解したときに、後悔が少しでも少なくて済むように。
まったく関わらせない道もあったけれど。
それでもいつかは気付くだろう。
自分にも親や兄弟がいたはずだと。
そのときに「どうして……」と泣くか、怒るか。
それは分からないが、想像したうえで未来のセイディに責められ打ちのめされたジェラルドは、今に出来る限りのことはしておこうと考えたのである。
これに先代公爵夫妻らも賛同すれば、使用人らに反論は出来ない。
しかし意見くらいは言えたのに、誰からもそれはなかった。
皆がその胸中に様々な想いを抱えながら口を閉ざしたのは、誰もが気付いているからだろう。
セイディは毎日成長中で、いつまでも何も分からない幼子のようにはいてくれない。
いつかは大人のように考え、話し、行動するようになる。
葬儀はしめやかに執り行われ、人々が教会の裏手にある丘へと移動する時が来た。
この丘は、領地を持たぬ貴族や、その場所に王都を選んだ貴族から、永眠の場所として選ばれてきた場所だ。
男たちが運んでいた大きな三つの木箱は、すでに掘られていた土の中へと置かれ、司祭が決別の祈りを終えれば、静かに土が掛けられていく。
お昼寝から目覚めてなおジェラルドに抱かれるセイディは、その様子をベールの内から目を丸くして見守った。
そして小声でジェラルドに問い掛ける。
「おはながそだちますか?」
これは庭師たちの成功かもしれない。
ジェラルドは神妙に頷いた。
「そうだな。ここに沢山の花が咲くだろう。また見に来ような」
生前の人となりがどうあれ、これからは美しい場所で穏やかに──。
ジェラルドにだってそれくらいの想いはある。
彼らには心から感謝していることがあるのだ。
セイディをこの世に産んでくれた──それは幸甚の至り。
はたしてこれらの棺の中身が正しく彼らであるかについては広い心で受け入れて貰うしかない。
やがて磨かれた真っ白い墓石が三体立った。
神の足元へ。この石からただしく導かれますように。
古代語による司祭のその祈りが本当の最後だ。
さぁ、帰ろう。
例の店でプリンをたらふく食べて。
そして今夜はゆっくりと。
公爵家の面々が足早に墓地を去ろうというときだ。
「このたびはご愁傷様ですわ」
鈴のように転がる美しい声がした。
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