59.この場に相応しくないもの


 この場に王族がいることはおかしい。


 問題を起こした貴族家の葬儀に、王族が参列するのはよろしくないことだからだ。

 それが分かっていたから、公爵家の者たちは今日この場にセイディを連れて来た。


 葬儀を取り仕切る伯爵家所縁の男爵にも王族が来ないことは確認していたし、男爵にはその他諸々のお願いごとという名の指示も出していて、セイディがなるべく人目に付かないよう配慮したうえでのこの葬儀参列である。


 先まで顔を見せなかったことから、王女殿下はお忍びであり、葬儀には一般の参列者に紛れて参加していたと考えられるが、それならそれで知らぬ顔をして立ち去ればいいものを。


 わざわざ最後に声を掛けて来るとは。



「あらあら心配だわ。守られるばかりでまるで子どもね。こんな子に公爵夫人が務まるかしら?」


「なんだと?」


「まぁ、わたくし失礼なことを言ってしまったかしら?ごめんなさいね。我が国の大事な公爵家の問題だから、とても軽視出来なくて。ただ心配になってしまっただけなのよ?そもそも十年もだなんて……ねぇ?普通の令嬢なら辞退しているところだわ」



 確かにセイディが番ではなく、ただの公爵の婚約者であったとすれば。

 

 十年も待たれずに、誘拐の事実が発覚したその瞬間に、婚約は解消の運びとなっていたはずだ。

 行方知れずの令嬢は、誰に何をされているかも分からない。

 故に令嬢側の家から、婚約解消を申し出るものなのだ。


 そしてたとえ令嬢が見付かっても、もう誰かと結婚することは叶わないだろう。

 未婚の令嬢は清い身であることが尊ばれる。

 たとえ何もされていなかったとして、疑いが残るだけでその令嬢の瑕疵となるのだ。


 するとその令嬢の末路は生涯屋敷に幽閉か、あるいは……。



 しかしこれが番となれば話は変わる。


 ジェラルドには、セイディが清い身であることが確かに分かった。

 他の男の手垢が付いていたら、番の本能が知らせてくれるからだ。

 

 番が他の男に襲われる。

 その感覚がどのようなものかをもちろんジェラルドは知らない。

 けれども分かるのだ。


 それはもう本能的な直感というもの。

 セイディがいくら傷だらけであっても、その手のことはなかったと見て間違いない。


 それにもし番がそのような憂き目にあっていれば、ジェラルドは気が狂い暴れていた。



 番を知る先代公爵夫妻が、心から安堵出来たのは、セイディが見付かってしばらく経ってからのこと。

 息子は番を奪われてからずっと、正気でいられるかどうかという危うい足場に立っていた。



「『番だから』特別というわけね。何をされても、何をしても、『番だから』で済まされる。番、番、番……本当に羨ましい身の上だわ。何故そんな時代錯誤な感性を残した人間が現代まで生まれるのよ」



 ひゅっと息を呑んだのは、ジェラルドの方だった。





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