55.花々に包まれて
ジェラルドは教会の中を足早に進み、脇目もふらず奥を目指した。
「大丈夫か、セイディ?」
腕の中の番が震えている様子はない。
だが視線が落ち着かないことはベール越しでも感じ取れた。
「緊張するな」
「はい。きんちょうです」
肩を掴む小さな手がきゅっと締まった。
ジェラルドもセイディの背中をぎゅっとその鍛えた身に押し付ける。
「嫌になったら帰ろう」
「……とくべつなぷりんです」
くすっと笑ってしまったジェラルドは、はっとして顔を引き締めた。
さすがに不謹慎だ。
救いは急いで歩いていたおかげで、群衆の目には留まらなかったこと。
「そうだな。あとで一緒に特別なプリンを食べよう。今日のは凄いから楽しみにしておいで」
「はい!」
セイディの声もやや大きくなってしまった。それで眉を潜めた者もいる。
しかしジェラルドは周囲を一切気にすることなく、大股で足を速め、絹布の幕を越えてしまった。
そこに目当ての者を見付けると、彼の少し手前に来て、ようやく立ち止まった。
「アルメスタ公爵様。この度はわざわざご足労頂きまして……」
幕の向こうに用意された祭壇前で待っていたこの男こそ、今日の葬儀の喪主だ。
男の生まれた男爵家は、長きに渡り伯爵領の運営全般を一任されてきた一族である。
本来ならば王都に出て来ることなどない男だが、王家の邸にいた伯爵家の者たちが全員行方知れずということで、急遽喪主として担ぎ出されてしまった。
当然彼は王都の貴族たちの顔など知らず、今回の任はかなり荷の重いものであり、断れるものならば断わりたかったが……。
王家との色々で代わりの者も見付けることは叶わず、粛々と喪主を引き受け、未だ続く領地経営の傍に毎夜貴族名鑑を開いては貴族の顔と名を頭に叩き込み、この王都にやって来たのは数日前。
真っ先にアルメスタ公爵家に足を運んだところを見るに、仕事の出来る男だと言えようか。
ジェラルドは軽やかに男の挨拶を制止した。
「堅苦しい挨拶はいい。それよりこの大変なときに要望を受け入れてくれて感謝する」
「いえいえとんでもございません。感謝するのはこちらの方です。おかげさまで無事に本日を迎えられました」
男爵の視線の先を確認し、ジェラルドは頷いた。
絹布はしかと参列者の目からセイディを隠すであろう。
この葬儀に関してアルメスタ公爵家が手を回さないはずはなかった。
「では先に挨拶をさせてもらう。セイディ、一度下ろすが大丈夫だよ。ルドは離れないからね」
その声色の変化に一瞬ぎょっと目を見開いた男爵であったが、彼は心得た男だった。
すぐさま何もなかったようにしてセイディを見ぬよう顔を逸らす。
しかしそれでも巧妙に目の端でセイディの姿を捉えることには成功していた。
そのせいで男爵はその驚きを顔に出さぬようにと苦労することになる。
ちょこんと立ったセイディが、予想よりずっと小さくて、そして細かったからだ。
これではまだ十代前半の少女のよう。
セイディの境遇を噂程度に聞いている男爵はその成長具合に興味を惹かれたけれど、賢い彼はそれ以上追求しないよう頭を切り替えた。
「御覧になられますか?」
ついついジェラルドが目を細めると、男爵は苦笑する。
「顔は確認出来ませんが、見られるようにはしておりますので」
「見せていただいたら良いのではないかしら?」
ヒールの小気味よい足音と共に近づいてきた声がそう言ったとき、それは決まった。
先代公爵にエスコートされ現れた夫人の片手がセイディの肩に収まると、セイディは少し振り返ってベール越しに彼女を見やった。
「セイディちゃん、練習通りに私と一緒に頑張りましょうね」
「はい!」
元気な声に驚いたことを隠しつつ男爵が指示を出すと、木箱の蓋にある小さな窓がゆっくりと開けられていく。
背丈の関係で先に中を確認出来たジェラルドは、後ろからセイディを抱き上げることにした。
「わぁあ」
感嘆の声は少々大きく、幕の向こうにいる人々をざわつかせる。
「セイディちゃん、約束は覚えているかしら?」
「はぃ……しーっです」
「そうね。偉いわ。あとで沢山よしよしするわね」
ジェラルドに抱かれながらベール越しに笑ったセイディは、今度はひそひそ声でこう言った。
「おかあしゃま、おにわです。はこのなかにおにわです」
先代公爵夫人は戸惑うことなく、慈愛に満ちた微笑みを浮かべ頷くのである。
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