54.公爵は大事に抱えて歩く
その連絡は計ったような見事なタイミングで届けられた。
とあるお祝いに連日湧いていたアルメスタ公爵邸で真っ先にそれを確認したのは先代当主だ。
しかし彼は侍従らに命じ、翌日までこの件を心に秘めて、祝いに参加していたのである。
それで特に問題は生じていない。
ただ彼らの中に元からあった疑念が膨らんでいっただけだ。
そして約束の日がやって来る。
馬車が止まる前から、人々はそのときを待っていた。
アルメスタ公爵家の紋章入りの馬車の扉がいよいよ外から開けられたときには、期待が膨らみ過ぎて息を止めた者も多くあったくらいだ。
そう待たずとも、彼は出てきた。
しかし目当ては、若き公爵の姿を目撃することではない。
続く令嬢があるはず……と思っていた彼らの目はすぐに目的を捉えたが、しかし少々がっかりすることになった。
公爵は両腕で黒いドレスの令嬢を抱え、颯爽とステップを降りてくる。
強めの風が吹いた。けれどもその令嬢の顔を覆った黒いベールがめくれることはなかった。
そのうえ鍔の広い黒い帽子が影を作り、薄いベールの向こうをしっかりと隠してしまっていたのだ。
令嬢は明らかにきょろきょろと周りを見渡しているような首の動きをしているが、集まっていた人々には彼女の表情の何一つも確認出来なかった。
しかしその存在が確かにあると分かっただけでも、彼らにとっては大きな収穫である。
しばらくは王都の社交界に話題は尽きないだろう。
若きアルメスタ公爵はステップを降りた後には令嬢を地に降ろすかと思いきや、そのまま彼女を抱えてすたすたと歩き教会内へと入っていった。
緊張が解けた人々の口から囁き声が零れていく。
「あれが噂の傷物令嬢か」
「よせ、やめておけ。傷物とは限らんだろう」
「十年だろう?無事であったとはとても思えん」
「執拗に顔を隠している理由もあるのかもしれないな」
「いや、それはどうか。あれは番同士だ」
「ようやく戻られたというのにご両親には会えず仕舞いだったそうね」
「仕方がないわよ。番を知る者の感覚は常人には──っ」
人々の声が止まったのは、公爵の後ろに付き従っていた侍従が、振り返って柔らかく微笑んだからだ。
どう見ても好青年のそれに見える笑顔は、何故か人々に恐怖を誘うものだった。
あんなに綺麗に笑っておきながら、どうなっているのだろう。
その後すぐに次の馬車が止まったことで、人々はなお口を噤むことになった。
またしてもアルメスタ公爵家の家紋入りの馬車が到着し、中から先代公爵夫妻が出て来たからだ。
彼ら夫妻の笑顔もまた、優しく見えながら人々の心にひとつ、またひとつと氷を落としていき、誰もがそこから噂話を止めた。
そもそも今日のこの場には、下世話な噂話など元より場違いである。
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