53.公爵は復讐の炎を隠す
セイディが完全に眠ったことを確認したジェラルドは、ぎりりと奥歯を噛み締めた。
許せない。
許せないが、どこを辿ってもあれの尻尾は掴めなかった。
あの侯爵邸の火災も、炊事場での使用人の不始末ということで片付けられようとしている。
屋敷にいた全員と連絡が付かず、犯人捜しも不要という王家の判断が下った。
また王家は、焼け跡から見つかった彼らと背格好の近い遺体を当主夫妻として認定するよう、下々に命じたそうだ。
あれだけ派手に焼かれてしまっては、アルメスタ公爵家の手の者たちを派遣しても調査は難しく。
出来たことといえば周囲への聞き込みくらいで、夫妻があの夜の前に出掛けたという証言はついぞ出ていない。
放置せずに、せめてかの邸に見張りでも置いておけば。
ジェラルドは何度も後悔する。
しばらくセイディに近付かなければそれでいいと、安直にものを考えていた己が今のジェラルドには恨めしくてならない。
セイディが見付かった喜び、番と共にある幸せに浮かれていたのは確かだ。
しかし過ぎたことがどうにもならないことも、ジェラルドは知っていた。
そんなジェラルドは、再び灯りの減った室内でそっと呟く。
「夫妻まで手に掛ける必要がどこにあった?」
セイディを隠した商会と関わりのある侯爵家が消された件に関しても、意外だと思っていたのだ。
関係があると言っても末端の商会で、一貴族家が責任を取るような問題ではなかったはず。
だから関係ないと突っ撥ねられるだろうと想定し、別の角度から侯爵家に手を下してやろうと動いていた矢先のこと。
侯爵夫妻と後継が馬車の事故で儚くなる。
そして今度は伯爵邸が燃えてしまった。
こちらはジェラルドには、まったく予測出来ていなかったことだ。
火災は偶然だったのではないか。
そのように受け入れる気持ちもまだジェラルドは持っているくらいである。
だかこうも続けて二つの貴族家が消えていく偶然が起こり得るだろうか?
しかもそれはどちらもセイディに関わる家。
王都で大きな火災を起こしたということで、王家は責を取らせる形で伯爵家をお取り潰しにしようと動いている。
後継者も行方知れず、それらしい体格の大人より小さな遺体は焼け跡から見付かっていた。
だがそうは言っても、領地にはまだ沢山の後継になり得る人間が存在しているだろう。
それなのにお取り潰しとは……。
そのうえあの手この手でセイディを王城に召喚しようとしている。
何故セイディに会いたがるのか。
今さら会って何が出来る?
ぞくりと走るものをその全身に感じたジェラルドは、それが恐れから来るものではないことも知っていた。
これ以上セイディに何かをするつもりなら──。
王家は要らぬし、国も滅びて良し。
番を知る者は、番に関して冷静な判断が出来ない。
だからジェラルドのこれは狂気でもなんでもなく、至極当然の感覚。
そんな主の気持ちに正しく答えようとする侍従がいた。
「明確な証拠など不要ですよ主さま。世界に騙る正当な理由も必要ございません。あなた様が不要。そう仰るだけで、私たちには十分なのです。この侍従、いつでも彼らを消してまいりましょう」
ジェラルドは頷かない。
セイディを抱き締めながら、ただそっと目を閉じた。
しかし代わりに口は開く。
「──ただ消してやっては甘いだろう」
「承知いたしました」
番合う者以外の気配が消えた部屋には、二人分の呼吸しか聞こえなくなっている。
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