52.涙はたっぷり余っていたから
いつの間にか各ランプに陽が灯って明るくなった室内に、セイディのすすり泣く声が浸透した。
「だれもいなかったです。ぐすっ。よるはだれもいないです」
よしよしと背中を撫でながら、ジェラルドはとびきり甘い声を掛ける。
「いつもルドがセイディの側にいるし、ここには他にも人が沢山いるだろう?もう昼も夜もセイディが一人になることはないよ」
「ひる……ひるもいない、ありました。せいでぃは……せいでぃはきちゃないから」
「そんなことはない。セイディは綺麗だ」
「きちゃないいいました。ちかくおこります。だからせいでぃはとおくにいまちた。とおくもおこります。いかないがいちばんです。いかないはだめでした」
興奮すると言葉がぐちゃぐちゃになるセイディだった。
いくら急速な成長を遂げていようとも、十年で失ったものが一朝一夕に取り戻せるはずがない。
それは身体の方も然りで、声帯や舌の動きには未熟さが残ったまま。
だから懸命に話そうと気が急くほどに、それは上手くいかなくなった。
「また別の場所に呼ばれる夢を見たんだね?今日の彼女はどんな服を着ていた?」
「ふく……くろいです」
「いつも通りか。顔の方はどうだ?」
「しろいです」
「今日も真っ白いお面か。それでそのお面の彼女は、またセイディに怒ったんだね?」
「おこります。いたいです。いちゃい、いやぁ。ふえぇえん」
セイディがまたわぁっと泣き出しても、ジェラルドは落ち着いていた。
それは周囲から見ればそう見える、というだけの話だったけれど。
「迎えに行くのが遅くなってすまなかった。いいや、ルドが十年前にセイディの側を離れていたせいだ。すまない、セイディ。もう二度と離さないし、痛いこともないようにする。これからはルドが必ずセイディを守るよ。ルドはもうセイディを離さないからね」
「ぐすっ。せいでぃ、せなかいちゃい」
「そうだな。沢山撫でよう」
セイディの背中に残る無数の傷痕は、もちろん今も残っている。
背中に引き攣られるようにして、手や首を動かしにくそうにしていることもあった。
しかし普段から痛みは感じていないようだ。それは救いである。
ところが今夜のように過去に意識が引き戻されたときには、何故か痛みがぶり返した。
それは記憶による錯覚か、それとも普段は慣れて感じなくなっている継続的な痛みを改めて思い出しているのか。
実際のところは医者のカールにも判別がついていなかったけれど、ジェラルドが撫でると不思議とその痛みも消えていった。
だから今夜もジェラルドは、心を込めてセイディの背中を優しく撫でる。
「痛みはどうだ?」
「もういちゃくないです。ふぇっ。ふぇえん。でーといきます」
「次は馬車で外回りの約束だったな。ルドと馬車に揺られる遊びを楽しもう」
「るどとおそとでもたくさんあそびましゅ。ふえぇん。はやくでーとしましゅ。とくべつなぷりんでしゅ~~~」
プリンの話が出たら、夜泣きは終了のサインだ。
まもなくセイディは、明日のプリンを夢に見た幸せな眠りに戻るだろう。
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