46.公爵は侍女を訝しむ

「おのれ!また母上に先を越されたか!」


 ジェラルドは悔しそうに机を叩いたが。


「あれは早いかこれも早いかと絵本ひとつに悩み過ぎなんですよ主さま」


 侍従は澄ました笑顔で、淡々と諭すのである。

 この侍従、主を敬うことを知らないらしい。


「くっ。されど与える絵本が成長に多大なる影響を与えると聞いたからにはな」


「元より絵本は子どもの教育に良きようにと作られているものですよ主さま。気にし過ぎです」


「くぅっ……次は必ず勝ってみせる。やはり冬を越え春物を──」


「あぁ、いいですね。今でしたら春物は安価に仕入れられますし。その調子で来年の夏物も用意してしまいましょうか」


「何を言う?セイディに安物など与えられるか」


「そういう意味ではないのですが。ひとまず話を戻しましょうか主さま。セイディさまは大奥さまと侍女たちに向けて新しい絵本を読み聞かせていらっしゃいまして」


「やはり母上は敵だな。うん、敵に違いない。先に領地にお戻りいただくか?」


「大奥さまはセイディさまが主さまに読み聞かせるためにという練習にお付き合いされていたのですよ。それでついにセイディさまが結婚とは何か?とお尋ねになられたわけです」


 さらりと主の話を無視する侍従は随分と勝手に話を進めていくが、ジェラルドもこの不敬な侍従には慣れたものだった。


「それで母上は何と答えたと?」


「お館さまと大奥さまの関係がそうだとご説明されておりました。さらに侍女の一人が一緒に生きることだと言ったようですね」


 結婚という言葉には問題がないようだ。

 ほっとしながらジェラルドはもう何度も感じてきた胸の痛みを覚えた。


 ジェラルドの両親も番同士で結婚しているが、セイディはこれを知らない。


 番という言葉に触れると、未だにセイディは心を閉じてしまうからだ。

 その言葉に紐付けて、余程の経験をさせられてきたのだろう。

 ジェラルドの胸が一段と締め付けられた。


 だからジェラルドは慎重に愛とは何かを伝えていこうとしていたのだ。

 それなのに侍従はもう待てないと言う。


「セイディさまは、さすがは聡い御方です。すぐに我らがいつもお側にいることに気付かれまして、では皆は結婚しているのかと問うわけです。そこでまた一人の侍女が『そこに愛があるかです!』と叫んでしまったようでして」


「……何故叫んだ?」


 ジェラルドの疑問は尤もである。

 トットは意味あり気ににっこりと微笑むのであった。




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