45.公爵はまた番のはじめてを逃した
「その絵本は、王子さまとお姫さまが色々あってめでたく結ばれるという内容でした」
さらりと侍従が言ったところで、ジェラルドはつい口を挟んでしまった。
「待て。その色々あったところこそが物語の要約として必要な部分ではないのか?」
「要約してしまったら主さまは先の分からないワクワクを楽しめなくなってしまいますがよろしいので?」
「絵本の話だよな?」
「えぇセイディさまが主さまに読み聞かせたいと願い、練習にご使用中の絵本です」
「……それならば結論も聞きたくはなかったぞ?」
「だいたい絵本の結論は、めでたしめでたしに決まっているのですよ主さま」
口の立つ侍従とここで言い争っていては話が先に進まないことを思い出したジェラルドは、自ら言葉を止めた。
白旗を上げたようで複雑な気持ちにはなったが、それには気付かなかったことにする。
「その絵本がどうしたのだ?」
「読後にセイディさまからご質問がありました。主さまがお答えになられた方がよろしいご質問だったのですが、ちょうど主さまがお館さまのお部屋に向かわれたところでしたので、侍女たちはお声掛けを控えたようです」
「それはおかしいぞ。どんな状況下でもセイディの用件ならばすぐに呼ぶよう言ってあったな?」
「セイディさまがとてもお可愛らしかったのでしょう。主さまもご存知の通りです」
「またセイディを理由にしたな!そもそもセイディが可愛いのはいつものことではないか。いや、常々可愛さを増しているから、いつも通りということはなかった。セイディはこの一瞬も────私は誤魔化せぬぞ?」
舌打ちの音を聞いた気がしたジェラルドであったが、それもまた気のせいということにして、しかしトットを鋭い目付きで睨みつけた。
だがそんなことをしたところで分かっていたことではあったが、トットは笑顔を崩さず会話を進めていく。
おかげでジェラルドの中では、ぶつけられない鬱憤が日々溜まっていった。
「主さまをいつでもお呼びするようにと私の方で改めて言い聞かせておきますので、この件は任せていただくことにして。セイディさまはめでたしめでたしとは何かとお尋ねになられたのです」
「それならば、愛など関係なく説明出来たな?」
「えぇ、良かった、良かったと喜んでいるのだとご説明しましたところ、今度は王子さまとお姫さまが結ばれますと何がよろしいのかと聞かれるわけです」
「それにはなんと答えたのだ?いや、その前にだ。何故その手の絵本を私を通さずに読ませている?まだ早いと言ってあったな?」
「いつまでも勇者が竜だの魔物だのを倒してばかりでは良くないと、先日主さまも仰っていましたね?」
「それは……まぁ、そろそろ絵本の種類を変えていかねばならぬと考えていたが……今はその絵本を選定途中で」
「実は昨日、猶予なき事態を迎えました」
「は?」
トットの話はこうだ。
気に入った絵本を繰り返し読んていたセイディは、ついに昨日「えい、やぁ!」とおもちゃの剣を振り回す遊びをはじめた。
厚紙を重ねたおもちゃの剣を作ったのは、庭師のまとめ役の男ヘンリーであり。
厚紙で作った魔物の被り物を身に着けさっそく悪役としておもちゃの剣に切られた男もまたヘンリーで。
すべての元凶は庭師のヘンリーにあると言って過言ではない。
それはさておき、そのはじめてセイディが剣を振り回した瞬間に立ち会っていたのは、ジェラルドではなく、ジェラルドの母親のシェリルだった。
このときシェリルが顔を引き攣らせて笑っていたのは、その直前に淑女とは何かとセイディに滔々と聞かせた後だったからだ。
淑女は剣を振り回さない。
セイディの心の幼さを考慮したとて、貴族の幼女もまたおもちゃの剣では遊ばないのだ。
幼いときから淑女になるべく、貴族の女児は遊び方まで決まっている。
けれども楽しそうなセイディを見てしまったシェリルに、これを止められるはずがなかった。
本来ならばここで彼女に変わってセイディを止めるべき立場にある使用人らもこれは同じで、むしろ一部の者たちに至っては、セイディが怪我のないよう見守りながら、一緒に遊びはじめる始末。
そしていつの間にか遊びに参加していたトットが、切られた振りをして盛大に倒れたときだ。
セイディはトットの表情にたちまち魅せられてしまい、しばし勇者になる遊びを忘れて、トットの顔を覗き込んでいた。
そうなればトットはセイディを思う存分喜ばせることに徹するわけで……。
これらすべては、昨日ジェラルドがしばしの間セイディから離れていた隙の話だ。
昨日のジェラルドはいつもより忙しかった。
アルメスタ公爵邸にまた新たな重大な情報が届けられ、先代公爵である父親と話し込む時間が必要となったのである。
しかしながら、ここでおかしな点がひとつ。
侍従のトットも、その話し合いの場に同席していたはずだった。
一体彼はいつの間にジェラルドの目を盗み、セイディと遊んでいたのだろう?
実はトットは幾人も存在するのだろうか?
なんてことを今のジェラルドが微塵も疑わない理由は、そもそも昨日トットがセイディと遊んでいた事実を知らないから。
ジェラルドは憤る。
「昨日だと?私は何も聞いていないぞ?」
「今話しましたので」
「遅い!いつでもセイディが新しいことをはじめたらすぐに私を呼ぶよう言ってあったであろう!再教育が最も必要なのはお前だな?」
「大奥さまもご一緒でしたので」
「なおのこと私を呼んでくれ!この先は母上が何を言っても私を呼ぶように!」
「では次からはなるべくそのように」
「いや確実にそうしてくれ」
「なるべくです主さま」
「いやだから……「さっそく昨日のうちに大奥さまは対策を取られまして、セイディさまにいつもとは異なる絵本をお渡しになられたのです」」
ジェラルドの声を遮り侍従から伝えられた言葉に、もちろんジェラルドはさらに憤った。
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