47.公爵は後悔を重ねる
侍女が叫んだ理由を曖昧にしたまま、トットは先を語った。
「それで今度は愛とはなんだという話になりまして」
これはまずいとジェラルドは冷や汗を浮かべる。
セイディが愛があるかと聞いて回ったら、この屋敷の者たちは間違いなく愛を語るだろう。
主であり、番である自分を差し置き、セイディをいかに愛しているか伝えるに決まっている。
ジェラルドは慌てて問うた。
「まさか説明してしまったのか?」
「いえ、主さまがご存知ですのでお尋ねになりますように、と。良かったですねぇ主さま。愛を囁く機会がやってきましたよ」
「待て。セイディからは何も聞かれていないぞ?」
「昨夜は主さまがご用意したプリンが何よりも大事だったのでしょう」
「確かにプリンはセイディにとって大事なものだ。だが、さすがに食べ物よりは私の方が大事に想われていると感じないか?」
急に分からぬことで張り合い出したジェラルドの耳には、舌打ちのような音が再び届いた気もしたが、ジェラルドはそれを流してなお問い直す。
「お前もそう思うな?」
「はて分かりかねますね」
「何故分からん?側で見ていればセイディから私へ特別な想いが溢れていることを実感するというものだろう?」
「はてはて私には何のことやら。主さまは愛も語らぬ男ですからねぇ」
「プリンも愛を語らないぞ!」
「プリンは甘さという主さまには決して出せない愛を与えます」
「甘さだと?そんなものには──」
まだ応戦しようと思ったジェラルドはハタと気付く。
プリンの愛の有無で討論し、その結果がなんだというのか。
しかしこの話を始めたのは誰でもない自分であることは、すっかり忘れているジェラルドであった。
そうして完全なる八つ当たりで侍従を睨むも、努めて冷静な声を出し話を戻す。
「……話は分かった。それで私に愛を語れと言い出したのだな。確かにそれは急がねばならん状況だ」
「それもありますが、そろそろいい頃合いでは?」
「そういう意味では、まだ早いのではないか?」
セイディの幼い言動を思うと、ジェラルドはまだその手の話は早いと感じてしまう。
だから番にするようにではなく、幼子にするようにセイディを愛し続けた。
それに大事に想う気持ちは伝えてきた自覚もあるので、急いで愛を伝える必要はないように想う。
だからと言ってジェラルド以外の者たちが先に愛を伝えるなど言語道断、ジェラルドに許せるはずはなく。
まだ早いと思う気持ちと、急がねばと焦る気持ちが競って、ジェラルドの心中は穏やかではない。
悩むジェラルドがふと前を見れば、今までの笑顔からさらに口角を上げた侍従がジェラルドに微笑み掛けていた。
この顔を見ると嫌な予感しか覚えないジェラルドである。
「まさかご自身のお気持ちを伝えられないなんてそんな意気地のないことは言いませんよね主さま?」
「まさか。そのようなこと。私を侮るな」
「そうでしたか、そうでしたね。では今日はそちらを頑張ってくださいませ。例の調査はこちらで進めておきますのですべてお任せを」
「うむ。そちらは速やかに頼みたい」
急にジェラルドの声色が重々しく変わり、侍従も恭しく頭を下げた。
少し前まで何度も邸に訪問してきた伯爵夫妻がある。
ジェラルドが直接相手をせずに門番や使用人らで追い返していても変わらず毎日やって来ていたので、ジェラルド本人が一度出て、色々と匂わせ自分の屋敷でじっとしているようにと脅し……言い含めておいてからは、訪問は控えられるようになった。
それが──悪かったのだろうか。
後悔が滲めば、ジェラルドの胸はまたぎりぎりと強く痛む。
いずれは会わせる日も来るだろう。
その日までに夫妻を矯正すれば──。
そういう思惑が悪かったのだろうか。
このような事態に陥る前に保護しておけば──。
ジェラルドの後悔は尽きない。
そもそもジェラルドの後悔は、セイディを失ったあの日から尽きたことはないのだから。
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