41.魔に取り入られた彼女
「ふとももです!」
「正解です!流石です、セイディさま、ではこちらは?」
「ふとうでです!」
「惜しいです。腕は合っていますよ。ヒントは『に』です」
「に……ににょうででしゅ!」
「せ……うーん」
「にのうでです!」
「はい、正解です!素晴らしいですね、セイディさま」
ぱちぱちと拍手の音があちこちから鳴った。
その部屋の端っこで、ずーんと暗い顔で蹲る男が一人。
「主さま暇そうですねぇ」
侍従に揶揄われてもジェラルドの反応は薄かった。
「話し掛けるな。放っておいてくれ」
「明るくいきましょう主さま。楽しそうで何よりではありませんか」
「明るくだと?私がなんと言われたかを知ってそのようなっ。くっ。仲直りしたはずではなかったのか?まだ私の愛情表現が足りていないのだな?」
「主さま現実をみましょう。今日はセイディさまのお楽しみを奪った主さまが悪いのです」
「奪う気などない。むしろより楽しませようとヒントを与えただけだ」
「それがお楽しみのお邪魔だということですよ」
「邪魔とは言われていないぞ!セイディは私を邪魔だとは言って──」
「るど、しーだっ!」
セイディに指差し付きでそう言われたジェラルドは、口を押さえてまた落ち込んだ。
「うぅ……なんたることだ」
言葉を覚えることが楽しくてならないセイディは、最近侍女たちとのお遊びに夢中だ。
されどセイディはまだ言葉を覚え始めた子どものようなもので、遊びの最中もよく答えに詰まりうんうんと唸ることがあった。
するとジェラルドは黙って見ていられなくて、つい過剰なヒントを与えてしまう。
そしてとうとうセイディに一緒に遊ばないと言われてしまった。
それでもジェラルドがセイディから離れることはない。
側で見ていることだけは頑なに譲らなかったジェラルドに、セイディは強気な口調で一緒に遊ばないと繰り返し主張したけれど(セイディなりに)、ふにゃりと崩れた笑顔までは隠せずにジェラルドを悶絶させた。
そして今に至る。
「ひじゃです」
「惜しいです。セイディさま。『ひ』は合っています」
「ひじゃ、ひざ、ひじゃ、ひま、ひりゃ……」
「また沼に嵌りましたねセイディさま」
あははと笑うトットをジェラルドは恨めしそうに睨んだ。
「ひじゅです!」
「あぁ、惜しいです。とても惜しいですよ、セイディさま」
「ひじゅ……ひ、ひじゃ、ひざです!」
「そちらではないんです。どうかそちらに向かわずに」
「ひざ、ひざ、ひじゃ、ひさ……」
それは突然だった。
さっと立ち上がったジェラルドがトットの顔に肘鉄を食らわせようとしたのだ。
パシッと鮮やかな音を立ててその肘鉄を受け止めたトットは、「何をなさるのですか主さま」と晴れやかな顔をしていつもより大きな声でそう言った。
「すまない、そこにトットがいると分かると、私の肘は勝手に動くようだ」
「ははは主さまの肘は変わっていらっしゃる」
セイディが侍女を見詰めて「ひじでしゅ!」と叫んだ。
「正解です!さすがセイディさま。よく言えましたね!」
心配そうにセイディを窺うジェラルドであったが、セイディはジェラルドを見なかった。
遠くで聞こえたヒントは、セイディの中でルール違反ではなかったようだ。
「では、こちらは?」
「ひじです!」
トットが「また沼ですか。あの侍女もなかなかのやり手と見ます」と囁き、続いて「膝蹴りは大事になりますので勘弁してほしいのですが?」とジェラルドに訴えかけた。
「では姿を隠せ。私の足は特別長いから見える場所にいてはどうなるか分からんからな」
「それはどうでしょう。長さは私とあまり変わらないと思いますよ」
「……比べるか?」
「別に構いませんが?従者としての忖度はありませんよ」
「ふっ。あるがままの勝負では敵わぬからと主従関係のせいにする気か」
「逆ですよ主さま。負けたからって怒らないでくださいと先にお伝えしているんです」
男たちが謎の争いが始めているうちに、「ひじ、ひじゅ、ひさ、ひ……「セイディさま、先ほど仰っていた方の……」ひざです!」と、セイディは侍女のヒントであっさり答えを導いてしまった。
「さすがです、セイディさま。ではリサと一緒におさらいをしましょう。こちらの手の曲がる角が膝で、こちらの足の曲がる角は肘ですよ~」
「いや、違うだろう!」
「大間違いですよ!」
つい大きな声で仲良く指摘してしまうジェラルドとトットなのであった。
あの侍女がセイディの内に魔を生み出しているのではないか?それも二人が仲良く心中で疑っていたところだ。
「まぁ、ごめんなさいセイディさま。リサも間違えてしまいました」
何故か嬉しそうに首を傾げて謝る侍女のリサを見て、ジェラルドはすでに嫌な予感を覚えていた。
これまでの経験が警鐘を鳴らす。
そしてその経験予測は正しかった。
「せいでぃ、りさといっしょです。まちがいします。よちよちです」
「ななな……」
その場でわなわなと震え出す主を、侍従はいつもの笑顔を絶やさずただ見守った。
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