42.公爵はこの手に戻ればなんでも良かった

 わなわなと震えるジェラルドの前で、お詫びにと頭を下げたリサの頭が、セイディの年齢から考えるとかなり小さな手で撫でられている。


「セイディさま。よちよちもお上手になられましたね」


「なんだと?」


「おとうしゃま、たくさんしまちた!」


「なにぃ~?」


「お館さまと練習されたんですねぇ。素晴らしいです」


「おかあしゃま、も、よちよちです」


「母上までもか!」


 離れた場所と言っても、ジェラルドはすぐ側にいるのに、リサは頭を下げたままにんまりと口角を上げていた。

 この侍女なかなかやるな、と思ったのはトットだが、そのトットはジェラルドを落ち着かせる。


「お待ちください主さま。あれはお館さまと大奥さまが、セイディさまにした、という意味ではありませんか?」


「あぁ、そうだな。うん、そうに違いない。それはそれで許せんがな」


 侍従の言葉でひととき心を落ち着かせたジェラルドだったが。


「セイディさまはお館さまと大奥さまにいつもよちよちされているんですよね?」


「なっ!」


 あの侍女は曲者ではなかろうか。トットは本気で疑い始めた。


「はい!おとうしゃま、がんばる、よちよちです。おかあしゃま、まちがい、よちよちです」


「やはりセイディに撫でさせているのではないか!うちの両親はどうなっている!」


「ではセイディさま、これからは是非リサとも練習しましょう」


「はい!りしゃとよちよちです!れんしゅうしましゅ!」


「何を勝手に約束している!」


 セイディの頭を散々撫でてきたジェラルドであったが、まだセイディに自身が撫でられたことはなかったのである。

 それはもうショックで……両親の元へ殴り込みに行こうかと考えたところだ。


「落ち着いてください主さま。それよりですね、お暇ならこちらでお仕事をされてはどうかと提案しに来たのですよ」


「暇があるように見えるか?」


「はい、とっても」


 一大事のジェラルドと、暇そうな主を弄ぶ侍従。


「とっと!」


 そこにセイディの呼び声が届くと、トットは「はい、なんでしょう、セイディさま」と主を置いて駆けて行ってしまった。

 何故トットが先に呼ばれるのだと、ジェラルドはさらに落ち込んでいく。


 部屋の一角にじめじめとした陰気な空気が漂い始めたところに、明るい声が響いた。


「せいでぃ、おしごとします!」


 いつもなんでもはいはいと言う通りにするトットも、思わず「お仕事ですか?」と聞き返してしまった。


「せいでぃ、おしごとできます。おとうしゃま、いいましゅ!」


「お館さまが。そうですか。それはありがとうございます、セイディさま。では主さまとご一緒にお仕事をお願いできますか?」


 瞬時に先代公爵の意図を悟った侍従は晴れやかに笑う。


「はい、せいでぃ、は、おしごとしましゅ!」


 ズレなく一斉に湧き起こる拍手喝采。

 セイディはまだ何もする前から褒められて上機嫌だった。

 そしてジェラルドもセイディが自身の元に戻ってきて上機嫌だ。


 たたたっと走って来たセイディをジェラルドは両腕を広げ優しく抱き留めた。



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