40.公爵は番の心を取り戻したい

「いひゃいのですが?」


 頬を摘ままれたジェラルドは、母親に訴えかける。

 一方の先代公爵夫人は、手を離さずに穏やかに微笑んだ。


「あなたは慌て過ぎよ。これからは公爵として頑張る気があるならば、ちゃんと最後まで聞いてから動くようになさい」


「はい……それでまだ何のお話が?」


 やっと解放された頬を撫でながらジェラルドは憮然とした顔でそう聞いた。

 今はとにかくセイディが心配で、両親との会話など早く終わらせセイディの元に飛んでいきたいのだ。


「大好きなプリンも半分も食べられなかったのよ。それに昨日お外で食べられなかったプリンをまだ気にしているみたいでね」


 そうなのだ。

 セイディは昨日ずっと泣いていたけれど、その半分はプリンが食べられなかったことを嘆いていた。

 当然そんな涙を見てしまった料理長のルースは、大量のプリンを作ってセイディの元に運んで来ていたのだが……。


『でーとのぷりん、ないないです。でーとのぷりん、とてもおいしい。でーとのぷりん、たべます。たべる……たべましゅ……ぐす』


 まさかのこれは違うと泣かれて、周囲は慌てた。

 しかしセイディは泣きながらもちゃっかりいつもより多く用意されたプリンを食べ切っていたのだ。


 それを考えると、ジェラルドは心配しながらもつい頬が緩んだ。

 自分がいないと食べられないセイディが愛おしかったから。


「だからね。あなた、プリンを作っていらっしゃい」


「はい?」


 だからプリンを作れ?

 いや何がどう繋がってそうなった?


 ジェラルドは一層混乱して母親に胡乱な眼差しを向けたが、母親は一段と楽しそうに言う。


「特別なプリンを作るのよ。それもあなたが。料理長がもう土台のプリンは作ってくれたわ。あとはあなたが頑張りなさいね。だからあなたの向かう先は厨房よ!」


「お待ちください。意味が分かりません」


「今はソフィアが側について休ませているわ。その間にちゃっちゃと作って、セイディちゃんを喜ばせるのよ。いいわね?」


「いや、ですから。私は今すぐにセイディの側に──」


「分からないかね?君がひととき側を離れた理由を作ろうと言っているのだよ」


「あ!」


 今、戻っても。

 すぐに側を離れた男として、セイディは疑い続ける。


 でも実はセイディのために、こっそり動いていたとしたら?


 納得しかけたジェラルドであったが──。


「それ、プリンでないと駄目なのでしょうか?お二人もご存知の通り私は料理などしたことはなく」


「いいから、いいから。トット、お願いね~」


「はい。お任せを」


 どこからか現れたトットと、そして何故か庭師のヘンリ―の二人に両脇を抱えられて、ジェラルドは気が付けばエプロンをして厨房に立っていた。


「というわけで、クリームはこのように絞り出しましてですね──」


「何がというわけなんだ?」


「主さま、早く作らないと日が暮れてしまいますよ。お昼まで食べられなくなってもいいんですかー」


「うるさい、今は呼んでいないぞ」


「主さまがお困りのときにはいつでも馳せ参じるトットですよ?」


「困っていないから隠れていろ!ルース、それを絞ればいいんだな!」


「はい。されどまずはこちらで練習を」


「私は急いでいる!このプリンを飾ればいいのだろう?」


「主さま、セイディさまに醜いプリンをお見せする気ではございませんね?」


「何を……練習すればいいのだろう。貸せ!」


 暴君に成り果てた公爵は……それから何度も失敗を重ね、いつの間にか使用人にも従順な公爵に変わっていた。


「どうだ、ルース?これなら合格か?」


「素晴らしいです、主さま。プリンの上にプリン、これはルースも、あ、いえ、私も考えたことがございませんでした。このように上に段々に飾るという方法はケーキ以外に適用したことがなく。これは是非今後プリン以外にも採用させていただきたい」


 自分の名を口にすることに慣れた使用人らは、うっかりセイディがいなくても、自分を名で呼んでしまうようになっている。

 他家の者が耳にしたら、それはもう驚き、耳を疑うことだろう。

 由緒正しき公爵家に何が起こっているのか?もしや上流階級における最新のマナーか?と邪推してしまう者も出るかもしれない。


「よし!では持って行くぞ!」


「お待ちください主さま。是非これもご一緒にセイディさまに渡してくだされ」


「おぉ、花束か。助かるぞヘンリー」


「今日は特別ですからな?ヘンリーの名を使わずに花をお渡しする日はもうないものとお思いくだされ」


「……私が摘めば良いのだろう?」


「このヘンリーを筆頭に、わしら庭師が丹精込めて育てた花です」


「それは知っているが。摘んで花束にすれば、それは私の功績ではないか?」


「ならば庭師が育て主さまが摘んだお花だと説明されるべきかと」


「それは言わずともセイディも知っている話ではないか?花束を渡すタイミングであえて言う必要はなかろう?」


「はいはい主さま。セイディさまがお腹を空かせてお待ちですよ。こんなところで庭師と先を話し合っていていいのですか?」


「あぁ、そうだった!急ぐぞ、トット!」


「はいはい急ぎましょう~」


 ガラガラと自ら台車を押して、公爵は番の元へと急ぐ。

 はたしてジェラルドはセイディの心を取り戻すことが出来るのだろうか──。





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