39.その話を彼女が知ることはない

「試し行動ですか」


 ジェラルドは哀しげに言葉を置いた。


「昨日あれだけ泣いたあとだ。今朝もまだ不安が強かったのだろうね。君が何をしても離れていかないか確認し安心したかったのだろう。それなのに君と来たら」


 ジェラルドは何度拒絶されようとセイディの側を離れてはいけなかったのだ。

 駆け出そうと足に力を入れたが、今度は父親に肩を掴まれた。


「話はまだあるのだよ。聞いてから動きなさい。ユーリル侯爵が妻子と共に亡くなった」


 ジェラルドはセイディでいっぱいだった頭の中をすぐに切り替えられなかった。


 ユーリル侯爵家が管理する商会の、下請けの商会の、取引先の、そのまた下の下……という具合に先を辿って行けば、末端にセイディを監禁していたあの商会が現われる。

 だからといってユーリル侯爵家に責任を問えるかと言えば、現状ではそれは厳しかった。


 だがそれで追及を諦めるアルメスタ公爵家ではないし、ジェラルドだって見逃す気はさらさらない。

 どんな形であれ責任を取らせる予定で、着々と調査は進んでいたのだ。


「死因はなんです?」


「馬車の事故だと聞いたね。しかも後継に名乗り出る縁者がおらず、領地は一度王家で回収のうえ、第三王子が臣籍降下する際に新たな公爵家の領地として譲り渡すお考えだそうだ」


「なっ。早過ぎるでしょう。亡くなったのはいつです?」


「三日前だというから驚きだよね。こんなに早くことを動かして、私たちに怪しんで欲しいのかな?それも私が偶然登城し謁見していたタイミングで知らされるなんてね」


「陛下のご様子は?」


「言葉がないとのことだ。酷く血の失せた顔をなされていたね」


「はぁ?」


 領地を取り上げ息子に渡すことを人が亡くなってからたった三日で決めながら、言葉がないとは何だ?

 少なくともジェラルドの知る国王は、そのような浅慮な人間ではなかった。


 王家で何かが起きている。

 いや、王家が彼女中心に動いているのだろうか?それとも……。


 ジェラルドが顎に手を添え考え込むと、今度は先代公爵夫人が夫に問い掛けた。


「レイモンド。王妃様からのお返事が届かない件については、何か聞きまして?」


「あぁ、体調が優れず臥せっておられるそうだ。せっかくの君からの誘いを受けられず申し訳ないと、謝罪は受け取ってきたよ」


「まぁ、そうだったのね。それならお見舞いをしなければならないわ」


「無茶はしないでおくれ。どうも今の王家はきな臭い」


「もちろん足を運ぶときには、精鋭の侍女たちを連れていくわよ」


「それでもよく用心しておくれ。というわけでね、ジェラルド。君はセイディちゃんの対応でいっぱいだろう?あとのことは私たちに任せる気はあるかい?」


 思考の海から戻ってきたジェラルドは、すぐに父親の提案を辞退した。


「いいえ。父上たちのご協力ありきで成り立つ仮初の存在であろうとも、表向きの公爵は私です。制裁は私の手で」


 ジェラルドの瞳の奥で、復讐心がめらめらと燃えていた。

 番を知る者の執着の強さは、逆へと触れることもある。


 それは番を知る両親だからこそ、よく理解出来ることだった。


「君はそう言うと思っていたよ。それでね、今朝はセイディちゃんもあまりご飯を食べられなくてね」


 急に話題を戻したから、ジェラルドの頭は混乱していた。


「は?え?なんですって!ならば急いで──」


「お待ちなさいな」


 何故、母親に頬をつねられているのか。

 混乱するジェラルドには分からない。



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