35.公爵は雨雲を背負う

 ずーんと落ち込み、廊下の隅で膝を抱え蹲るジェラルド。

 暗い雨雲を一人で背負っているように、ジェラルドの周りだけ薄暗く空気がじめっとしているように感じられた。


 その周囲を邪魔だと言わんばかりの様子で、てきぱきと掃除をする侍女がいる。

 明らかにジェラルドはそこにいない方が良かったが、どちらも声を掛けることはなかった。


「ジェラルド。まだそこにいたのか」


 ジェラルドのいる場所の掃除を諦めた侍女が立ち去って、それから大分時間が経ち、やっと声を掛けたのは、先代公爵であるジェラルドの父親である。

 といっても、ジェラルドを心配して現れたわけではない。


「放っておいてください」


「はは。君ね、失敗しているよ」


「だから放っておいて……失敗とはなんです?」


 顔を上げて父親を見上げるジェラルドは、幼い少年の頃を彷彿とさせ、先代公爵は思わず笑った。


「君がそうやって拗ねていたら大失敗だよ」


「助言をする気があるなら、もっと分かりやすく伝えてください!」


 教えを乞う者の態度ではない息子に、先代公爵が苦笑していたときだ。


「レイモンド、どうなさって……。まぁ、ジェラルド。まだこんなところで時間を無駄にしていたのね?あなたの周りだけ雨が降っているように暗いわよ」


「冷やかしならば要りません。放っておいてください!」


 母親の登場に拗ねたジェラルドは抱えた膝に顔を埋めた。

 そんな息子に先代公爵夫妻は顔を見合わせ微笑み合う。


「あらあら。うちの息子もセイディちゃんと変わらないようね」


「そうだな。こんなところで拗ねていれば、いずれ向こうから声が掛かると甘えているのだろう」


「残念ねぇ。セイディちゃんもジェラルドには一番に心を開いているようだったのに」


「あぁ、こんなに簡単にあきらめる男と知ったからには、もう心を開いてはくれないかもしれないね」


 落ち込む息子を前に言いたい放題の両親に、ジェラルドはむかむかしてきたが、それでもまだ顔を上げたくなかった。


「ねぇ、レイモンド。息子がこうなのは私たちも悪いんだわ。どうしましょう?」


「案ずることはない。愚息の分も私たちで可愛い娘を支えよう」


「それもそうね。レイモンド、仕事は終わったわね?早くセイディちゃんのところに行きましょう」


「あぁ、愛しい君と可愛い娘のために急ぎ片付けて来たんだ。行こうか、シェリル」


 息子の中で張り詰めていたものが、ぷつんと切れた。


「父上!母上!それはあんまりです!」




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