34.デートまでの道のりは険しい
いつものセイディは、馬車の中で夢中で話した。
今日のセイディにお喋りがないことに、ジェラルドはこれからの予定への一抹の不安を感じ取る。
ただ初めての外出に緊張しているだけならば良いが──。
「きんちょう?」
窓から視線を外して、ジェラルドを見上げたセイディは聞き返した。
その瞳は確かに緊張しているように、ジェラルドには感じられる。
「急に慣れないところに出て、身体がぎゅっと固くなってしまっていないかな?」
「ぎゅっとかたく……わかりません」
「よしよしいいよ。もう帰りたいと思ったらすぐに言うんだよ。いつ帰ってもいいんだから」
「せいでぃ、るどとでーとします」
ジェラルドがそっとセイディの肩を抱くと、セイディもまた身体を傾けて来たけれど、すぐにはっとして。
「きょうはおすましでした!」
「これくらいでドレスは乱れない。抱き着いて大丈夫だよセイディ、おいで」
「せいでぃ、だいじょうぶ?」
「そう、大丈夫だ。母上には内緒にしよう」
セイディは内緒がよく分からなかったようだけれど、内緒とは何かを聞かなかった。
いつもなら、分からないことを分からないと言い、教えてと願うところなのに。
やはり練習通りとはいかないようだ。
それからも馬車に揺られ、ただじっと外を眺めるセイディを、ジェラルドはよく観察した。
なんだか嫌な感じがある。引き返そうか。
ジェラルドが悩み始めたところで、馬車が止まった。
一度は外に出てみるとするか。
それで駄目なら、馬車に戻って帰ればいい。
外から扉が開き、ステップが備えられた。
「行こうか、セイディ」
セイディが頷いたことを確認すると、エスコートをするためにジェラルドは先にステップを降り始めた。
ところが急に背中に衝撃を受け、前に押し出されることになる。
「セイディ!」
焦って振り返ったジェラルドは、鍛えていたから転げることもなかったけれど。
母親や侍女だけに任せていたら危ないところだった。
セイディはジェラルドの腰にしがみ付いて離れず、ジェラルドは抱き締められない。
「どこにもいかないです。るどはおいていかないです。いたいいたいはいやです」
なんたることかと怒りに震えそうになったジェラルドだが、衝動を抑えてなんとかセイディを背中から引き離して抱え上げると、馬車の中に戻って行った。
「ルドはセイディとずっと一緒だよ。トット、店にはよく言っておいてくれ」
「おまかせください」
平然とした顔で侍従が扉を閉めたあと、馬車は旋回し再び来た道を戻って行く。
嬉しそうに出掛けて行ったセイディが、ジェラルドに抱えられあっという間に戻ってきたときには、先代公爵夫妻もショックを隠そうとしなかった。
義娘は喜んで帰って来ては、どんなに楽しかったかと聞かせてくれるはずで、夫妻はそれを楽しみに待っていたのだ。
一方同じように迎えに出て来た多くの使用人らは、複雑な想いを抱えていた。
怒りもある、悲しみもある、だけど嬉しい。
それはセイディが初めて涙を流していたからである。
「るど、いかないです。とおくにいかないです」
「どこにも行かないよ。ルドはセイディとずっと一緒だ。私が離れない」
「せいでぃはるどとずっといっしょにいます」
「あぁ、そうだね。ずーっと一緒だ」
ジェラルドの心中に、怒りの炎が静かに静かに燃えていた。
セイディ自身から事情を聞くことになるまでに、もう間もなく。
番を知る者たちに手を出した愚か者らは、くまなく制裁を与えられることになるだろう。
だがこの日のジェラルドは、巧妙に怒りを隠して、ぐずぐずと泣き続けるセイディに深夜まで寄り添った。
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