33.はじめてのお出掛けのはじまり

 侍女長のソフィアから仕上げに帽子を被せて貰ったセイディは、その広い鍔を両手で持って喜んだ。


「おぼうし!せいでぃのおぼうしです。るど、どうですか?」


 鏡の前で自分の姿に喜んだあと、くるりと振り返ったセイディはジェラルドを見上げて問い掛ける。

 しかしジェラルドは、すでに少し前から鏡に映るセイディの姿に口を押さえ悶えているところだった。


「にあいませんか?」


 目線を落としてしゅんと落ち込むセイディを見て、ジェラルドは酷く慌てた。

 毎日同じことを繰り返しているのに、いつまでも学ばない。


「そんなことはないよ!セイディにとてもよく似合っている!セイディはいつもとても可愛いが、今日はまたとびきり可愛いよ、セイディ」


「きょうのせいでぃは、とびきりかわいいです」


 言ったセイディがぎゅっと抱き着いてきたから、ジェラルドも力いっぱい抱き締めようとした。

 しかしその肩を強く押さえられ、動きが止まる。

 指は食い込み眉間に皺が寄るほどの痛みを感じるものだったからだ。


 思わずジェラルドは振り替えり、いつの間にか後ろに立つ男を睨んだ。


「何をしている?」


「だめですよ主さま。侍女たちを見てくださいな」


「なんだと?」


 周りを見たジェラルドは、自身に集中する侍女たちの視線の厳しさに狼狽えた。

 おおよそ主に向ける視線ではないが、中でもとびきり厳しい目でジェラルドを見詰めているのが侍女長のソフィアだったのである。


 侍女長のソフィアは目が合うと澄ました顔で淡々とジェラルドに苦言を呈した。


「セイディさまのお召し物が乱れますので、お戯れは帰宅までお控え願います」


「そんな……」


「ほほほ、ジェラルド。それくらい我慢出来なくてはデートなど行かれませんわよ」


「るど、でーといけないのですか?」


 不安そうに振り返るセイディをさっとジェラルドから引き離すことに成功した先代公爵夫人は、まだ小柄なセイディと目線の高さを合わせて微笑んだ。


「デートのためにせっかく綺麗にしたのですよ。このように抱き着いては、お洋服や髪型が乱れてしまうでしょう。今日はセイディちゃんも、おすましをして頑張りましょうね」


「はい!せいでぃはでーとにいくので、おすましします」


 しゅっと背筋を伸ばして微笑むセイディを見たジェラルドは胸を押さえる。


「なんてっ……なんて可愛いのだろう……やはり外になど……」


「セイディちゃんが可愛いのは当然よ。それで、ジェラルド?今日の予定は大丈夫なのね?」


「抜かりはありませんし、今日はさっと行って帰ってきます」


 セイディは屋敷の敷地外に出るのは初めてだ。

 だからどんな想定外のことが起こるか分からないということで、今日は短時間で帰宅予定である。


「行ってらっしゃい、セイディちゃん」


 用意が終わったと連絡を受けて現れた先代公爵も加わって、これでもかと褒めて貰ったセイディは、ご機嫌で皆を引き連れ玄関に移動した。

 玄関でもジェラルドの両親が額にキスをして見送りの言葉を口にしたので、ジェラルドは内心ムッとしていたが、セイディがあまりに嬉しそうなので耐えに耐えた。


 そうしてやっと出発の時間がやって来る。


「せいでぃ、るどとでーとにいってきます」


 玄関前に横付けされた豪華な馬車を見ても戸惑うことなく、セイディはエスコート役を務めるジェラルドの手を取って嬉しそうに馬車に乗り込んでいく。

 これも屋敷の前庭で馬車を乗り回して訓練してきた成果だ。


 やがて馬車は正門から街へ出た。

 セイディはジェラルドと手を繋ぎおとなしく座っていたが、視線はずっと窓の外だ。


 それはいつもの光景には違いなかったけれど、音が足りなかった。


「セイディ、緊張しているのかい?」



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